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『さくさく堂のテープ起こし業務日誌』 バックナンバー 4



        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第31号 (2004/3/23)===

         30号は「おお、私のことを書いてくれた」という知り合い続出だ!

         今回はフリーランスのいいところ、悪いところなどなど。
         書いていてどんどん脈絡がなくなってしまいました。憑かれてるのかなあ。
        違ーう。「疲れてる」だろ。

        ◆ 忙しくて目が回る
         そんなに働いていませんが、いつもの月と違うのは納品する前に次のテープ
        が手元にあること、3月だというのに議会をほとんどやっていないことですね。
         私は不夜城の出版社以外は、午前納品ということが多いです。夕方もらった
        ってしょうがないもんね。夕方もらっても次の日から次の工程というクライア
        ント様、ぜひ翌朝納品にしてくださいませ。在宅ワーカーこそ不夜城ですから、
        夕方5時が翌朝9時納品だと「半日納期が長い」という計算をしますので。
         朝納品で次の仕事がなければ平日の日中がオフになるので、そこはフリー
        ランスのいいところです。

         「忙しくて目が回る」と言いますが、いや、私、忙しいとほんとに目が回っ
        てしまう人です。
         耳と目と手と足を使うこの仕事、かなり肉体労働者です。ちょっと深爪した
        り、鼻風邪を引いたりしただけで仕事の能率はがくんと落ちますが、さすがに
        目が回っている状態では完全に仕事にならないので、頑張りすぎると納期を落
        とすことになってしまいます。それだけは絶対避けたい。よって、3月だろう
        とコンスタントな仕事を心掛けています。

         何が怖いって、納期に間に合わないこと。いつもいつもいつも新しいテープ
        は怖いです。新規の仕事は決まった瞬間からドキドキし始めます。食欲も落ち
        ます。録音が悪かったらどうしよう。予定より録音時間が長かったらどうしよ
        う。すごい早口だったらどうしよう。変なしゃべり方の人がいたらどうしよう。
         同じテープはありません。いろんなテープをやりました。経験もちったあ積
        みました。そして、だんだん新しいテープが怖くなってきました。あれー、普
        通逆なんですけどねぇ。
         3時間テープを1日1時間ペースで予定を立てて、最初の日に30分しか起こ
        せないと、もう眠れません。きょう30分しか起こせなかったテープを明日1時
        間半起こせるわけがない。「ごめん、やっぱりお母さん、仕事してくるわ。さ
        きに寝てて」と子供に言って、もう少し頑張ることにします。

         これでフリーランスへの夢が壊れる人が増えるかも。
         でも、この怖さを知ったおかげで仕事は回り始めました。目は回っていない
        けど。計画的に淡々とこなすというやり方にシフトし始めました。それがこの
        3月の収穫ですね。

        ◆ 貧乏でもいいのよ
         子供が小さいから在宅で仕事をしたいという主婦は多いです。私は逆なの。
        子供が小さいころはフルタイムで外に出ていて、子供が少し手が離れたから、
        自分の時間も欲しいという理由で(ほかにもいっぱい理由はあるけど)フリー
        ランスになったんですよ。遊ぶために稼ぐ。仕事以外の時間も欲しいからフリ
        ーランス。だから、繁忙期で仕事以外何にもできないって状態になったら本末
        転倒。遊べないほど仕事しちゃだめよ。

         まあね、それも大黒柱が稼いでくれるからよってのはあります。ダーリンの
        稼ぎの足元にも及びません。はい、お世話になっています。
         それでもね、男が一家を養うべきなんて全然思っていないです。彼が遊びの
        ために定職を放り出したいと言い出したら、私は反対しません。「その代わり
        アルバイトぐらいはしなさいね。100万ずつ稼げば、二人で年収200万。そのぐ
        らいあれば、やっとこさっとこの生活は送れるから、貧乏になってもいいなら
        いつでも仕事やめていいよ」と、実際そう言っています。そういう選択をした
        自分は、フリーのストレスと天秤にかけてもやっぱり快適なので、彼の選択を
        拒む気はさらさらないです。

         でもしませんね、今のところ。男は一家を養うべきっていう呪縛からはなか
        なか脱出できないみたい。男女平等とか女性差別とかなんちゃらを考えるとき、
        男性のことこそ考えないといかんと思うんですよ。男性だって社会通念だかな
        んだかかなり刷り込まれてる。それも結構しんどいよね。「女性の地位向上」
        という言い方自体が、どうも男性の現状をデフォルトにしているように聞こえ
        て、勘違いしてんじゃないのと思うのよね。男の生き方もセットで考えましょ。
         そんなわけで、いつでも年収200万になっていいように、せっせとローン返済
        をするのでありました。

         結局、たくさん仕事するスキルがないのか、体力がないのか、それより遊び
        が大事なのか煙にまきつつ、でも細ーい大黒柱かフーテンになる覚悟はあると
        いう変な話でした。3月に書いただけでも褒めてください。あはは

      

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第32号 (2004/4/14)===

        ◆ PTAの広報委員のこと
         3月まで小学校のPTAで広報委員をやっていました。6年間に1回ぐらい
        はやらにゃならんのなら、あたしゃ当然広報委員会です。
         PTAって初めて携わったけど、しんどかったですね。言いたいことがある
        から、こうやってメルマガなんぞ出しているんだとしみじみ思いました。PT
        Aだって本当はきっと理念も方向性もあるんだろうけど、そういうことの確認
        や話し合いはかなり省略されていて、それで「運動会の記事を書け」とだけ言
        われる。そういう文章を書くのは私には難しかったです。(でも、それなりに
        楽しかった)

         原稿書き以外は校正もしていました。「200字で書いてください」なんて言っ
        て原稿用紙を渡しちゃうと、文字数の調整でなんでもかんでも漢字で書いてく
        る人が多くて、そういうのはたくさん直しました。100文字が105文字になって
        も、今はいくらでもソフトで調整ができるので大丈夫ですよ、皆さん。「殆ど」
        「色々」「~の様に」「~して下さい」「の事」。学校新聞ですから、どうい
        う表記にしようが制約はないんですが、読みやすい原稿にしたいと思うと新聞
        程度の表記が基準かなあと。この辺はバシバシと平仮名にしました。

         さて、学校側の原稿チェックで必ず見られたのは人権問題でした。(肖像権
        もうるさかったです) ミスプリは許されるし、面白くない原稿も許されるけ
        ど、人権問題は許されないのです。運動会の勝った負けたなんていうのは、案
        外気を付けなければいけない話題。
         こちらも文章のプロの端くれですので、学校側の赤はあまりありませんでし
        たが、1つだけこちらのチェックが甘くて思いっきり直されたのは、
        「子供」→「子ども」という指摘でした。

        ◆ 「子供」は差別表記か?
         「供」は身分の低い者につける言葉だからだめらしいんですね。今、かなり
        多くのところでこの「子ども」表記が蔓延しています。学校・教育関係ではほ
        とんどそうですし、新聞・雑誌、地方自治体の議事録も「子ども」表記を採用
        しているところがたくさんあります。
         皆さんは今まで「子供」って差別表記(差別用語じゃないよ。差別表記だよ
        ね)だという認識がありましたか。この表記に人権的な不快感を覚えるでしょ
        うか。
         私はぜーんぜん。
         もしそうなら、「こども」という言葉自体を差別用語として使用を自粛すれ
        ばいいのにねえ。「児童」というよく知られた言い方もあります。(※1) 
        「供」という漢字は、ちゃんと小学校6年生で習うわけで、漢字そのものがい
        けないわけじゃない。半端に漢字表記だけやめるという態度はわけわかんない
        です。

         もし本当に「子供」が差別用語だったとしても、ある言葉を使用禁止にする
        行為は私は嫌いです。言葉に罪はないでしょ。「めくら」は「目の前が暗い」
        という状態を表した言葉だと思いますが、そこにある種のニュアンスを込めて
        呼ぶことが問題なのでしょう? それを「視覚障害者」と呼び代えたとしても、
        同じニュアンスを込めて言ったら、何の解決にもならないと思います。
         ちなみに私は、差別用語というのは他人が名付けるものだと思います。「ジ
        ャップ」「エスキモー」「ブッシュマン」、どれも自分たちで名乗ったもので
        はありません。だれかが差別心を込めて呼んで、初めて差別用語になり得るの
        です。子供が自分で「子供」と名乗っているのだから、差別になりようがない
        と思います。

         学校は「どれが差別用語か」ではなく、「差別とは何なのか」ということを
        きちんと教えなきゃいけないと思います。「差別はいけない」なんて上っ面な
        ことではなくて、人に競争心(別な言葉では向上心であり、生きていくための
        大切な力だと思う)というものがあるかぎり、自分の中の差別心と一生折り合
        いを付けていかなければならないことをきちんと教えなきゃいけないと思いま
        す。それをしないで、ただ言葉狩りだけでお茶を濁してほしくありません。

         ……というようなことを考えていますが、差別語がテープに出てきた場合は、
        そのまま起こします。クライアントに伝えるべきと思ったときはその旨伝えま
        すが、原稿は発言どおりでいきます。それがテープ起こしだと思っています。

        ◆ もう一つの問題
         この「子ども」表記を見ていると、何のために、誰のために学校が人権問題
        に対して気を付けているのか疑問ですが、ライターの立場でもう一つ気になる
        のは、これが交ぜ書きだということです。
         「こども」は和語で、平仮名で書いても意味の通じる言葉ですし、字面から
        考えても、「こども」と平仮名で書くのが好きな人はいるかもしれません。で
        も、私の中では「子ども」はなんか違う、のです。

         常用漢字という枠があるせいで、交ぜ書きは多くのところで見掛けます。

          雑駁  -  雑ぱく
          食膳  -  食ぜん
          鍼灸  -  針きゅう

         新聞というメディアが、一人でも多くの読者に読んでもらうために義務教育
        修了時点の国語力に照準を合わているのは合点がいきます。でも、新聞が交ぜ
        書きをするようになったのは常用漢字の問題ではなく、新聞がルビをなくした
        ことに原因があるのではないかと思います。(この辺、まだ調査不足です)
         それから、小学校の教科書も習ったところまでの漢字での交ぜ書きが当たり
        前ですが、文化審議会の国語分科会では交ぜ書きをやめようという答申を出し
        ています。(※2) 答申がどの程度教科書に反映されていくか、注視してい
        きたいと思います。
         常用漢字の枠の問題、交ぜ書きの問題はもうちょっと周辺のことを調べたり、
        皆さんのご意見をお聞きしたいです。私も思考途中ですが、「子ども」表記っ
        てカッコ悪い」という感覚は持っていたいと思うんです。いや、私はカッコ悪
        いと思うんですが、あなたはどうですか?

        ◆ 「子ども」表記指定のクライアント
         えっ……、もちろんいますよ。おとなしく従います。


        ※1 「児童」は児童福祉法では18歳未満、学校教育法では小学生のことを指
        します。むちゃくちゃです。
        ※2 文化審議会 2004年2月3日答申
        「これからの時代に求められる国語力について」
        http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301.htm

         そうそう、29-2号をサイトにアップしました。29号をお読みになりたい方は
        まぐまぐのバックナンバーのほうでお読みください。

      

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第33号 (2004/4/23)===

        ◆ 4月の恒例行事
         繁忙期も終わったし、4月は1年で一番仕事をしない(できない)月です。
        そして、1年で一番体脂肪が少ない月。
         フリーランスになって一番やりたかったことは、自分のためにお稽古ごとを
        すること。半年過ぎて仕事としてある程度軌道に乗ってきたころからフラメン
        コを習っています。お稽古歴は2年半。4月は発表会があるので、自主練やら
        衣装合わせやらリハーサルやらであまり仕事ができません。そういう時間の調
        整ができるのがフリーランスのいいところ。きょうも夕飯を作りながら、台所
        マットの上でサパテアード(タップのこと)の練習。

        ◆ トリビア万歳
         この前テレビをつけたら、伝統的な技法で有名な橋の架け替えのニュースを
        やっていました。その1週間ほど前に、テープにその橋の話題が出てきたので、
        つい10分ほどその番組を観てしまいました。
         もともとは戦国時代に堅牢な城を建てるため、石工や大工の技術が発達した
        こと。江戸時代になって城の需要が減り、それらの技術が橋などの公共事業に
        役立ったこと。その後明治には台場や砲台などの軍事施設にその技術が活かさ
        れたのではないかということ。
         ……そんな話題の中で、その橋も紹介されているテープでした。

         テープ起こしの魅力で、「知らない知識を得ることができる」と言われるこ
        とがあります。そりゃそうなんですが、そんなにすてきなもんじゃありません。
         そのときのテープも、ある資料をチェックするというもので、
        「125ページの上から3段目の2行目は「××は」とあるが、「××が」にした
        ほうがいい」
        「30ページの(2)のあとにまた(2)と続いている」
        という事務的な話が延々と続く2時間の会議でした。くだんの橋の話はほんの
        5分程度だったでしょうか。
         それについての調べものをすることもありますが、それこそ漢字が合ってい
        るかどうか程度の確認をしていく調べものでは、体系立った自慢できるような
        知識にはなりません。だから、知識としてはかなり浅い。「知らない知識を得
        る」なんて堂々と言える代物ではありません。言ってみれぱ、それはトリビア
        に近い知識かもしれません。

         「トリビアの泉」というテレビ番組は随分人気が高いようですが、つまらな
        いこと、役立たないことをたくさん知っていたほうが人生は楽しいというのは、
        本当にそう思います。
         その橋の架け替えのテレビ番組も、1週間前に仕事で知っていなかったら、
        絶対に素通りしていた番組です。素通りしようが、「おっ」と思って10分観よ
        うが、何かが変わることはありません。ただ、私が「うふ、この橋知ってる」
        というひそかな満足感を得るというだけです。
         役立つこと、これを知らないと困るというものは仕方なく覚えるものです。
        中学生がよく「公式や年号や元素記号を覚えても、こんなこと将来仕事で使う
        わけがない。無駄だ」とぼやきますが、仕事で使うことを覚えなかったら仕事
        できませんから、そのときになったら必死で覚えますって。今からそんなこと
        を心配する必要はありません。
         仕事なんかに関係ない、つまらない、役に立たないことをたくさん知ってい
        ると、世の中の景色が違って見えます。知っている言葉は自然に耳に入ってく
        る、目に入ってくる。「へえ」とか「あっ」とか「ふーん」とかが多いほうが
        ちょっと楽しい。ただそれだけのことです。そんなちょっと楽しい人生を過ご
        せるように、ただでいろんなことを教えてくれる中学校に対して文句言うな。
        わかったか、中坊。

         テープ起こしの、「知らない知識を得ることができるので楽しい」という伝
        説もその程度のものです。(「伝説」扱いだし)

         それに、新しい発見満載というテープでは、多分いい仕事はできません。聴
        き取る、内容を理解するという最初の部分でつまづいている可能性が高いから
        です。きゃー、怖い。

        ◆ ちょっと好きな仕事
         「へえ」とか「ふーん」で毎年ちょっと楽しみにしている仕事に、労働組合
        の総会があります。どなりあったりするものはやったことがありません。セレ
        モニーの部分も多く、楽な仕事でもありますが、組合執行部、平の組合員、組
        織内議員、会社の意向などの方向性が絡み合って、それぞれが誘導していこう
        とする人間模様が面白いんです。
         以前、事務所で、
        「労組、面白いですね」
        と言ったら、
        「あらそう、珍しいわね。まあ、そういう人もたまにはいないとね」
        と返されたことがあります。セレモニーや他人の会社の話ですから、つまらな
        いと思う人が多いのも理解できます。私が面白いと思うのは、会社員時代に組
        織内議員を出すような組合に入っていて、労組を内側から見てきた経験がある
        からだと思います。よその組合なのに全く同じ部分、随分違う部分などを比べ
        て毎回楽しんでいます。
         そう考えると、こういうトリビア系の知識が増えれば増えるほど、テープ起
        こしも楽しくなっていくということでしょうか?
         ことしももうすぐ労組の総会の時期を迎えます。(その前に発表会だな)

     

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第34号 (2004/4/30)===

        ◆ 27号補足
         先日、数人の同業者さんたちにお会いしました。というかですね、「○月×
        日伺います。ご用とお急ぎのない方は付き合ってください」という強引かつ自
        己チューな企画によりお集まりいただきました。……ゲリラ的オフ会ですね。
         そのとき、少しメルマガの話題になって、こんな注意が……。

        「27号の守秘義務の話。あれはきっと鵜呑みにする人がいるから、ああいう書
        き方は不親切だ」

        おっしゃるとおりでございます。というわけで、かなりヤボではありますが、
        追加説明などします。

         病院関係の起こしをしていたときのことです。「1億円の謝礼」と聴こえて、
        かなりズッコケました。「おいおい、それはありえんだろう」と。それで、下
        線を引いて、後でもう一度注意して聴き直すことにして、先に進みました。こ
        ういう明らかに変だと思った部分でもあまり固執せずに、とりあえず最後まで
        起こすことにしています。ストーリーの流れや固有名詞が幾つか頭に入ってか
        らだと聴こえる言葉が増えるからです。2度目に聴いたときは、難なく「医局
        への謝礼」と聴こえました。ホッ。

         そのとき、思ったんですよね、こういう聴き間違いって怖いなと。話の流れ
        や文法的にはつじつまが合う聴き間違い。「1億円の謝礼なんて額が多すぎる。
        万が一本当にそんなお金が流れていたら、外部のテープ起こしに聴かせるわけ
        がない」という一般常識で判断しないとわからない間違い。一方で、権力の周
        辺にはダーティーな裏金が流れているかもしれないという知識(想像?)もあ
        ります。そういう憶測に惑わされそうな面白い聴き間違いだったわけです。こ
        こで「やっぱり億単位のお金が裏で動いているんだわ。私は確かにこの耳で聴
        いた」なんて思っちゃったら大笑いです。いや、もししゃべっちゃったら、笑
        い話では済みません。
         そんな妄想から27号のウソ話を書いてみました。

        ◆ 改めて守秘義務について
         公務員のように法律で守秘義務が課せられているわけではありません。ある
        とすれば裁判沙汰でしょうか。損害賠償、名誉毀損、ほかにもいろいろありそ
        うですね。
         実際は、勝訴の見込みがあって、裁判の費用と労力をかけても訴えたい場合
        にしか告訴はありませんが、要は誰かの迷惑になるかどうかということです。
        法律の問題というよりもモラルの問題と考えたほうがいいかもしれません。誰
        がどう迷惑を被るかはケース・バイ・ケースなので、「誰から依頼された、ど
        んな内容のものか」など、とにかく何もしゃべらないという自主規制をしてい
        るわけです。
         例えば議事録は図書館に行けば読めますし、ウェブで公開している自治体も
        増えました。公開後にこれをしゃべったからといって情報の漏洩にはならない
        のですが、それでもこのメルマガでは誰がしゃべったか特定できない程度にし
        か引用しませんし、わからないように少し加工するときもあります。委託元の
        事務所の名前、どこの議会かということも口外しません。
         ちょっと自主規制が強すぎるとも思いますが、口が軽いワーカーは信用され
        ません。訴えられるなんて大層なことはあまりないと思いますが、仕事が来な
        くなることは大いにあります。

        ◆ 誰にでもある落とし穴
         そうやって気を付けているつもりでも、口が軽くなるときってのがあります。
        自慢したいとき。有名芸能人、大臣クラスの政治家、一流企業の仕事などが、
        案外新米のワーカーに回ってきます。(「裏金の特ダネ」なんていうのもね) 
        私も初仕事はメジャーな雑誌のカリスマ企業家インタビューでしたねえ。初め
        てそういう仕事が来ると舞い上がってしまう。でも、抑えて抑えて。それは秘
        密なのです。

        ◆ 聴けなかった特ダネ
         クライアントがどの程度ワーカーを信用して秘密が含まれているテープを渡
        すかはそれぞれの間柄によってです。契約書や誓約書を交わす場合もあります
        が、私は以前、初めてのお客さまにこういうテープをいただいたことがありま
        す。

          生々しい例を申し上げると(中断)真実はどちらかでしかない。

        録音の切れ目ではなくて、きちんとそこをカットしてダビングしてくださった
        のだと思います。いやー、結局どんな生々しい例だったんでしょう。なぞのま
        まです。お互い初めての仕事。そこまでやってくださるクライアントはテープ
        起こしにかかわるリスクというものをご存じだし、責任感がある方だと好感を
        持ちました。そりゃあ、最終的にはクライアントが安心して発注してくださる
        ような信頼関係を持ちたいですけどね。

        ◆ 募集の告知です
        〔募集内容〕 皆様の聴き間違いを教えてください
        〔募集理由〕 人はどういう聴き間違いをするのか。それは類型化することが
               できるか。そこから、聴き間違いを防ぐ対策が見つけられるか。
               ……ということを調べるための資料です。
        〔募集期間〕 このメルマガを廃刊・休刊するまで随時
        〔応募方法〕 saku2-do@sa.catv-yokohama.ne.jp へメールで

         昨年と一昨年、東京で50人規模の同業者のオフ会を行ったとき、企画で面白
        い聴き間違いを募集したことがあります。「聴き間違いはたくさんあるんです
        が、今すぐには思い出せません」という回答がたくさん寄せられました。今回
        は期限なしです。面白くなくて結構です。聴き間違いが出てきたら、差し支え
        ない程度にメールでご連絡いただけるとうれしく思います。
         もう少しメルマガをインタラクティブにしたいという希望もあります。何の
        お返しもできませんが、できるかぎりメルマガ上で発表していければと思いま
        す。だから、ほんとにほんとに気が向いたらで結構です。
         ついでに感想・要望などいただけたら、できるかぎりお応えしていきたいと
        思います。(今回の内容なんか、まさにそうです~)

       

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第35号 (2004/5/7)===

        ◆ はじめに
         自分で言うのもなんですが、インターネット上の文章など鵜呑みにしてはだ
        めです。パーセンテージなどのツールはある種「うそをつく道具」です。今回
        は少し科学もどきな文章になりましたが、あくまで主観に基づいた考察という
        ことで読んでくださいね。

        ◆ 話の意味がわかるということ
         テープ起こしは、聞こえた言葉を文字にするので、話の意味がわかるなら、
        時間をかけさえすれば誰にでもできるものだと思われがちです。でも、「話の
        意味がわかる」ことと「発言をすべて聴き取る」ことは別なことです。

         人は話を聴くときに、相手が何を言わんとしているかを考えながら聴いてい
        るのであって、言葉そのものは聴いていないのです。言葉なんか聴いていたら、
        話はわからない。
         大体話し言葉ってやつは、一文の途中で話の流れが変わり、副詞と動詞がマ
        ッチせず、逆の話をするわけでもないのに「……けれども、……けれども、…
        …けれども」で延々文章がつながり、「要するに」という言葉の後にまとめる
        文章が入っていない、めちゃくちゃなものです。
         そんなめちゃくちゃな話し言葉を、「下手だな」「わかりにくいな」と思い
        つつ、言っていることはちゃんと理解しているんですね。「けれども」の後に
        逆説が入っていなくても、「要するに」の後に要約が入っていなくても、そん
        なに気にならない。「けれども」とか「要するに」なんて、合いの手ぐらいに
        しか入ってこない。つじつまが合うように、頭の中で聴いた言葉を適宜聞き流
        しているんです。

         さらに今度は話を予測します。「とは言ったものの……」と言ったら、次に
        どんな話が来るか予測します。こういう直接的な接続の言葉はもちろん、全体
        の文脈や口調から、話し手が「言ったこと」ではなく「言いたいこと」を聴こ
        うとします。

         つまり、普通人が話を聴いていると思っているのは、実際にしゃべった言葉
        は聴かず、しゃべっていない言葉を聴いたつもりになる作業なのです。これは
        高度な脳の処理だと思います。こういう処理ができるからこそ「話の意味がわ
        かる」のです。これを普通の人は全く意識せずにやっています。人間の脳って
        すごいですね。

         ちゃんと聴いているのに聞こえていないなんて、自分はそんな小難しいこと
        をしているわけがないなんて思うでしょ? ところがどっこい、適当に言葉を
        落として、足りない言葉は補って意味を理解していく聴き方のほうが、話とし
        て筋が通っている。そのほうが脳は混乱しないんですね。
         脳は混乱しないのが好き。
         目の錯覚を利用して、本当は同じ長さなのに違って見える図形がありますよ
        ね。(ミュラー・リヤーの矢) メルマガでは正確に表示できませんがこんな
        のです。

                     >-------------<
                     <------------->

        これって種明かしをしてもらっても、やっぱり長さが違って見えますよね。そ
        のほうが脳は混乱しないからなんだそうです。
         それだけ、話し言葉というのはつじつまが合わない、非論理的な構造になっ
        ているんだと思います。

        ◆ 全部聴く難しさ
         さて、そういう普通の聴き方に慣れた人は、発言をすべて聴き取ろうとして
        も言葉を落としてしまいます。本当ですよ。実際にやってみるとわかります。
        録音が明瞭でも、はっきりしゃべっていても聞こえないんです。2回目の聴き
        直しで入力漏れが山ほど見つかります。3回目の聴き直しでもまだ見つかりま
        す。これはねえ、自分では全部聴いているつもりなのにできないから、びっく
        りします。
         そして、だんだんイライラしてきます。それは言葉を丁寧に聴いていくと文
        脈がわからなくなってしまうからなんですね。言葉は入ってくるけど、話の内
        容がちっとも頭に入ってこない。これは慣れないとものすごくイライラします。
        ちょっと面白い話になるとすぐ話の意味を聴く耳に戻ってしまう。その途端言
        葉を落としてしまいます。普通の人は8割ぐらいしか言葉を拾っていなんじゃ
        ないかと思います。「7割という説もある」「7割より低いんじゃないか」と
        言う同業者もいます。

         逐語反訳と呼ばれる丸起こしで、テープ起こし者はどの程度の原稿を仕上げ
        ねばならないかというと、99.何%という完成度がプロのレベルです。ピンと来
        ない方も多いと思います。丸起こしなので、いわゆるケバとり・整文という解
        釈の分かれる「間違い」は含みません。1時間テープが1万8000字として、間
        違いが180字もあるのがやっと99%の正解率です。もっと間違いの多いワーカー
        もたくさんいますが、さすがプロという方は99.何%のレベルの原稿を仕上げま
        す。(録音や発言が不明瞭なら、プロでもそんなにいい原稿は作れません。そ
        れは別な話ね)
         普通の聴き方で8割しか聴いていないとすると、99.何%も音を拾う聴き方が
        いかに訓練が必要かということがわかると思います。テープ起こしの技術とい
        えば書き起こすほう、表記やケバとり・整文の話になりますが、そもそも聴く
        ことから難しいのです。

        ◆ 次回の予告
         納品形態は逐語反訳だけではありません。違う形態のときは違う聴き方のほ
        うがいい場合があります。そういう話に続きます、多分。

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        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第36号 (2004/5/19)===

         5月はGWを過ぎたらばたばたと依頼が来て、ずっと締め切りがダブった状
        態です。しばらく週刊でメルマガを出していましたが、仕事が来るとすぐスト
        ップしちゃいますね。すみません。
         前回の続きは実は書き上がっているんですが、まだ推敲したほうがいいよう
        なのでもうちょっとお待ちくださいね。それから、「ダーリン日誌」というダ
        ーリンになりすました日誌も一つ書いたんですが、後半がまだ書けないので、
        当分蔵に入ったままになりそうです。
         というわけで、今回はちょっと雑談モードです。

        ◆ えっ、あっ、あたしにっ?
         テープ起こし者というのは録音されている場にはいないことが多く、話し手
        はこんなヤツに話を聴かれるなんて全く想像していないような陰の存在なわけ
        ですが、この前、テープ起こしの私に向かって語られた言葉を初めて聴いてし
        まいました。

          ここから先はテープ起こししなくて結構です。

        いやーん、こそばゆい。(おい、冷静になれ)
         テープの上書きだったので、過去の録音との境目に編集の方がわざわざ声を
        入れてくださったものでした。急に自分に語りかけられちゃって少しドキドキ。
        編集者さんに愛とか感じちゃうのであーる。(だから、冷静になれって)

        ◆ 熟れごろ?
         ちょっと古い話になりますが、ことしの2月は同業者からの仕事の打診が3
        件もありました。

         個人で開業している人は仕事の平準化が大きな悩みです。それでいろんな体
        制で仕事があふれたときの担保を確保しています。スタッフ制度やグループワ
        ーク、受発注用の掲示板やメーリングリストを活用しているというパターンが
        多いでしょうか。私も幾つかそういうグループに入っています。人に出すほど
        仕事を請けていませんので、自分から出すよりも募集に応募するほうが多いで
        すね。
         2月の3件というのはそれとは別な打診です。そういうグループに入ってい
        なくて仕事を出す場がないから、下請け先を探していたわけです。私から見れ
        ば、なぜこの人から?という間柄の方たちばかりでした。ピンポイントで「手
        伝ってもらえますか」「仕事、紹介してもいいですか」というお話が重なった
        のはうれしいやら戸惑うやらでしたが、そういう風が吹くときってあるもので
        す。受注までいったのはそのうち1件だけでしたが。
         さほど仲よくお付き合いさせていただいているというほどでもない方に信用
        していただけるのは、メルマガを書いてきたおかげかなと思ったりします。メ
        ルマガの効用に、同業者からの信用とか仕事依頼なんか想定していませんでし
        たので、うれしい誤算です。

         いつも、準備をした者にだけ幸運が巡ってくると思っています。「たまたま」
        とか「偶然」は準備をしたからこそつかめるのだと。「たまたま」も「偶然」
        も世の中にたくさん転がっているけれど、準備していない者はそれに気付かな
        い、気付いてもつかめない、そう思っています。
         準備といっても明確な目標に向かってするものもありますし、基礎体力的な
        ものもあるでしょう。これに役立てようと思っていても、物事はそんなに計画
        どおりにいかない。狙っていないところで準備が役に立つということが「たま
        たま」や「偶然」なわけですし。
         狙っていない方向に人生が転がっていったりしたら、それはそれで楽しそう
        ですね。「果報は準備して待て」かな。年商いくらとか、新しい事業とかそう
        いう具体的な野心は持ち合わせていませんが、「偶然」が訪れることは信じて
        いるんですよね。何となくね。

         この2月は準備不足でつかみ損ねた果報もありましたが、新しい人とのつな
        がりという意味ではちゃんと手元に残りました。受注までいった人に「人間関
        係が変化する時を感じます」と言ったら、「時は熟すものです」と返事が来ま
        した。

         そんな準備の一つという見方もできるメルマガですが、最近ブログの普及で
        テープ起こし者の情報発信が急に増えました。もう10人以上はいらっしゃるよ
        うです。私もいろいろ触発されています。
         いろいろな方のいろいろな発信を読み比べていると、逆に自分の発信したい
        方向性が見えてきたりします。自分に書けることがより鮮明になってきたなあ
        と。なーんて考えると自分を追いつめちゃうので、まあ気楽に書いていきます。

       

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第37号 (2004/5/28)===

         「言葉を聴く」「意味を聴く」という話の続きです。

        ◆ である調
         珍しく「である調で」という仕事が来ました。やり慣れていないので、ウゲ
        ッと思いましたが、やってみるとこれが楽しくて、集中して仕事ができました。
         どんなふうにやるか、ちょっとやってみますね。

          「である調で」と、こういうふうに言われたわけでございますが、私とい
          たしましてはできるかぎり頑張りたいと思いますので、ご理解のほどよろ
          しくお願いいたします。

        これを文末だけ機械的に「である」に置換すると変な日本語になります。

          「である調で」と、こういうふうに言われたわけであるが、私といたしま
          してはできるかぎり頑張りたいと思うので、ご理解のほどよろしくお願い
          したいのである。

        ……ムズムズするでしょう。「お願いしたいのである」なんていうのは変であ
        る。話し言葉は敬語やあいさつなど、もともと丁寧な言葉が多いので、である
        調にするのは難しいのである。「本日はまことにありがとうございます」を
        「本日はまことにありがとうでござる」とするわけにはいかないのである。ム
        ズムズ

         「である調で」を私なりに解釈すると「書き言葉に直す」ということになり
        ます。上の文の「こういうふうに」や「~といたしまして」は話し言葉です。
        これが書き言葉の「である」と一緒に並んでいるからムズムズするんです。ん
        で、こうします。

          「である調で」と言われたわけであるが、私としてはできるかぎり頑張り
          たいと思うので、ご理解のほどよろしくお願いする。

        もういっちょ!

          「である調で」と言われたわけであるが、私としてはできるかぎり頑張り
          たいと思う。

        えーっ、「ご理解のほど……」はどこへ行っちゃったのさ?
         これはちょっとやりすぎなんですけど、思い切ってカットしちゃうというの
        も手です。置換できる書き言葉が見つからない話し言葉ってあるんですよ。
        「本日はまことにありがとうございます」とか、「どうもすみません」とか、
        「よろしくお願いします」とか、できれば(できればですよっ)削ってしまっ
        たほうがすっきりします。思い切って削っちゃうと、読みやすい書き言葉の文
        章になってきます。(すんません、これはかなり編集が入ったやり方なので、
        こういうやり方もあるってことで参考程度に読んでください)

         最初は慣れなかったので、ケバとり程度の素起こしをしていたんですが、後
        でカットするのがわかっている言葉を入力するのがだんだん面倒になってきま
        してね、やってみたら、である調に直しながら入力できる。やりゃーできるじ
        ゃん。
         それは耳で聴き、である調に変換してから入力するという、普段より途中に
        1工程多い作業で、要約に近い感じ。なんかね、脳の違う部分を使っているの
        がわかりましたよ。でも、要約じゃないのよ。上にかなり要約に近い例を出し
        ましたが、それでも要約じゃないの。(しつこいな)

        ◆ まずは聴くこと
         この作業、慣れていないわりにとっても楽しかったのですが、それはなんで
        だと思いますか? 意味を聴く耳に傾いているからです。発音された言葉を一
        言一句隙間なくべったりと聴く通常の起こしよりも、意味を聴くほうがずっと
        ずっと気楽に聴けるんですね。全部聴くことに変わりはないんですが、それで
        も感じるこの気楽さ。

         丸起こし、素起こしなんか初心者にもできる。それを読める文章にまで仕上
        げるのが難しいという価値観がテープ起こし者の中にはあります。録音場所に
        いた人が後から読んでも、「そうそう、こんな感じでしゃべってた」と思うけ
        ど、実はかなり作り込んだ文にまで仕上げること。日本語の文章として違和感
        がない。でも話し言葉としての臨場感は残っている。それこそテープ起こしだ
        と言う人がいます。そこを目指している分野はあります。かなり多くの分野は
        そうかもしれません。
         そして(こっから大事よ)、本来はそうなんだけれど、テープ起こし者のレ
        ベルが信頼されていないために、「何でもいいから全部起こしておいてよ。あ
        とはこっちで何とかするから」と、丸起こし、素起こしが求められるシーンは
        数多くあるのです。それが感じられるからこそ、「そんなことはない。ここま
        で編集できるんだ」とアピールする声が高まるのだと思います。発注者側から
        すると、単純工程だからこそアウトソーシングに向いている。受注者側が切り
        込んでいくには、単純工程以上のことができることを示さねばならないという
        構図ですね。

         実際、文章を作っていくという作業は、内容がわかっていなければできない
        作業ですし、文章センスも必要です。私も、素起こしより難しい……というか、
        向き不向きが出る作業だと思います。
         でも、私が2回にわたって言いたかったことは、聴くことそのものの難しさ
        です。いい文章を作ろうとすればするほど、言葉を聴くという行為がおろそか
        になり、意味を聴くという耳になってしまいます。それは相反する行為なので、
        どんなにベテランになってもついて回る落とし穴のようなものです。だから、
        テープ起こし者自身が、丸起こしなんか誰にもできる、自分は整文が得意だか
        ら上級者だと考えてしまったら、ちょっと危険な気がしています。これはライ
        ター指向の強い自分自身への戒めでもあります。

         聴き間違いを募集しているのは、聴き取りというところからスタートしたい
        という思いからです。継続して募集しています。引き続き、よろしくお願いし
        ます。

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        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第38号 (2004/6/3)===
         皆様の感想から、二つほど……。
         取り上げなかった皆様も、いつも感想をどうもありがとうございます。大切
        に、何度も読み返しております。

        ◆ バザールで……♪
         前回、である調といっても「ありがとう」を「ありがとうでござる」にする
        わけにはいかないと書いたら、「それってござる調じゃ……」というツッコミ
        をいただきました。そこ、突っ込まないでよ、後生だから。

        ◆ 親指シフト再考
         「親指シフトの練習を始めました。途中であきらめないように公表します」
        というメールをいただきました。断念しても文句など言いませんから大丈夫、
        安心して。私はチャレンジャー大好き。
         何をやっても長続きしない、根気がないと言われる人は、別な見方をすれば
        何かを始めた人ですよね。新しいことを始めるってすごく大きなエネルギーが
        必要。そんなエネルギーを持っているあなたに拍手を送ります。
         なんだかその人が結局あきらめちゃうと決めつけたような書きぶりですね。
        そうじゃないんです。続けようが続けまいがその人の評価は下がらないという
        ことです。続くか続かないか、やめるかやめないかという評価は別なものだし、
        私はあんまり興味がありません。

         「新しもの好き 飽きっぽい」は「好奇心旺盛 決断力あり」と言い換えら
        れます。物事には必ず表と裏、メリットとデメリットがあると思います。なる
        べくメリットとデメリットを併せて書きたいと思っています。手放しで褒めた
        り、手放しでけなしたりしたくありません。親指シフトの話のときも、随分辛
        口に書きました。
         でもねえ、紹介する価値のないものは書きませんって。こういうデメリット
        もあるけど、いっちょやってみない?という気があるから取り上げているので
        す。

         では、親指シフト入力をものにできる方法公開!

            「近道はありません。コツコツ練習してください」

        ……ひどい。ひどすぎる。もっとフォローしろよ。

         改めまして……。用意するのは親指シフト用のキーボードです。一番簡単な
        のはJISキーボードのままで親指シフト配列にするソフトを使用することで
        す。有名なのは、親指ひゅんQ。
         とりあえずこれで体験してみるという手はありますが、職業として入力をす
        る人にはあまりお勧めしません。親指シフトキーボードは親指辺りのキー配列
        が独特です。「親指」シフトってネーミングが示すように、そこが要ですから、
        私は本物を使ったほうがいいと思います。富士通で作っているキーボードは大
        体1万3,000円で買えます。
         これをパソコンにつなげるドライバーはJapanistの中に入っていますので、
        OASYS(ワープロソフト)か、Japanist(日本語入力ソフト)を買ってく
        ださい。これが1万7,000円ぐらいします。この時点で約3万円の出
        費。これぐらい必要経費。
         親指シフト専用キーボードでもローマ字モードになるので、慣れないうちは
        併用してもいいでしょう。
         日本語入力ソフトは必然的にJapanistになるのですが、ドライバーが入れば、
        MS-IMEにもATOKにも切り換え可能です。(ファンクションキーなど
        の使用方法が少し変わります) ちなみに、私は高速入力したいときはJapanist
        で、用字に気をつけて入力するときは辞書の豊富なATOKに切り換えて使っ
        ています。

         あとは練習あるのみ。まずキー配列を覚えるにはOASYSの練習用のメニ
        ューが便利です。1日3時間ぐらい練習してください。2週間ほどでそこそこ
        打てるようになります。キーボードの練習に毎日3時間というのはバカバカし
        いほど長いですが、あなたの人生は70年。そのうちたった14日間キーボードの
        練習に明け暮れたって人生を棒に振ることにはなりません。カッコつけないで、
        自尊心なんか捨てて、頭を空にして、とことん練習してみてください。
         やってみたけど、親指シフトって結構難しかったという人、実はそんなに練
        習しなかったのではありませんか。
         14日やれば、何とかタッチタイピングはできるようになっていると思います。
        かつてのローマ字入力のほうがまだずっと速いでしょうが、あとはテープ起こ
        しという素晴らしい練習方法がありますので、もう実務でばんばん入力してい
        ってくださいな。やればやるほど速くなります。

         親指シフトは速い、速いと言いますが、私はそんなに速くはありません。す
        みません……。単語登録を併用して最高速150字/分ですが、普通は大体100字/分
        ペースです。
         速さよりも体の負担が減ったのがうれしいですね。JISのローマ字配列っ
        て変でしょう? あの配列はタイプライター時代の遺産です。(あの配列にな
        った理由を三つ知っています。興味がある方は調べてください。答えは次号で)
        英語を使う人でも不便だと思うらしいあの配列は、ローマ字ではさらに偏った
        キーばかり使用するので、一日中入力しているととても疲れます。親指シフト
        は指を均等に使うんですよね。指も肩も楽です。
         それから、日本語をローマ字に分解して思考するなんていうばかなことをし
        ないで済む。それも慣れると「ああ、こっちが正常だー」と実感します。

         今は親指シフトオンリーなので、ローマ字入力はかなり遅くなりましたが、
        完全に忘れるということはありません。自転車や水泳みたいなものでしょうか。
        突然法律でローマ字入力を強要されてもそんなに困りませんし、別の新しい入
        力メソッドに変えろと言われたら、練習すれば何とかなるだろうという自信は
        あります。

         とまあ、ここまで書いて、「親指シフト、サイコー!」みたいな文章に居心
        地が悪くなっています。やっぱりもう少しリベラルなのが性に合っているので
        す。いいんですよ、どんな入力方法だって。自分の好きな方法でやりゃあいい
        んですけど、主義を曲げてでも読者のコメントには正面からお応えしたいのも、
        やっぱり性だったりします。
       
        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第39号 (2004/6/15)===

         繁忙期です。皆様のところはいかがでしょうか。相変わらず議会の仕事はき
        ません。このまま今年度は一般の仕事ばかりになりそうな気配。それはそれで
        快適です。……と書いているとメール受信の音。ああ、見積もり依頼だ。もう
        一つ詰め込めるでしょうか。ふぅ
         最近どんな仕事をしているかは、また別の機会に書いてみたいと思います。

        ◆ 英文タイプライターがなぜあのようなキー配列になったかの解答
        [答え1]
         もちろんできるだけ打ちやすく配置した。実際、使用頻度の高い「ER」
        「TR」「TH」「ED」などは近くにある。
        [答え2]
         タイプバーのワイヤーが絡みにくいように、連続して打つ可能性が少ない文
        字同士が隣り合うように配置した。
        [答え3]
         セールスマンがデモンストレーションで「TYPE WRITER」と素早く打つために、
        それらのキーをすべて上段に配置した。
        [答え4]
         使用頻度の高い「A」「S」「E」などを力のある人差し指のところに配置
        すると壊れやすいから、薬指や小指で打つ場所に配置した。

         あれ、3つと言いましたが、4つになりました。いずれもネットで調べたも
        ので公式サイトにあるものではなく、正しいかどうかはわかりませんが、話と
        してはそれぞれ面白いですね。
         このうち、打ちにくい理由である2と4が有名なようです。まことしやかに
        「タイプライターってわざと打ちにくい配列にしてあるんだって」という話が
        語り継がれているのは、ひそかに打ちにくいと思っていた人たちの気持ちを代
        弁しているからではないでしょうか。

        ◆ 親指シフトキーボード導入について(訂正とおわび)
         前回の情報に間違いがありました。親指シフトの話題は興味のない方も多い
        と思います。関係ない方は今号はすっ飛ばしてくださいませ。

         前回の内容
        「日本語入力ソフトは必然的にJapanistになるのですが、ドライバーが入れば、
        MS-IMEにもATOKにも切り換え可能です」

         実際に導入された方からうまくいかないという問い合わせがありまして、調
        べてみました。親指シフトキーボードには幾つか種類があるのですが、他のI
        ME(日本語入力ソフト)に切り換え可能なのはPS/2接続のもので、USB
        接続のものはエミュレーションソフトが必要だということが判明しました。
         USB接続のキーボードの場合、親指ひゅんQなどのエミュレーションソフ
        トを入れれば導入可能です。ということは、ドライバー(要はエミュレータ)
        のためだけにJapanistを購入するのなら、買わなくてもいいかもしれないです。
        自分で動作確認していないので不確かな話でごめんなさい。
         ひゅんQはJISキーボードを親指シフトキーボードと見なすソフトなので、
        親指シフトキーと変換・無変換キーの区別をしてくれないようです。親指キー
        がダブルで存在すると見なすということだそうです。

         ひゅんQを使わずに親指シフトキーボードで他のIMEを使用するには、P
        S/2接続のKB611(私のはこれ)がよいということになりますが、このキ
        ーボード、ファンクションキーなどがワープロオアシス仕様なので、かなり不
        気味です。私はオアシスの仕事がありますので(文字拡縮とかマージン設定の
        機能を使う)それなりに重宝していますが、使わない人は不要だろうなー。だ
        から、USB接続でJIS配列に近いKB231+ひゅんQという選択が一般
        向けかもしれませんね。
         PS/2接続でJIS配列に近いKB211というキーボードがあったんです
        が、これは製造中止のようです。残念。

         前回情報でキーボードを購入された方がいらしたらどうしよう。ごめんなさ
        い。ごめんなさいじゃ済まないですよね。調査不足で本当にすみません。

        ◆ 富士通にけんかを売る
         こんなことを調べていると、富士通が親指シフトと他のメーカーのハードや
        ソフトとつなげるということをあまりにも考えていないことに腹が立ってきま
        す。

         事務連絡とかお知らせなどの簡単な文書を手軽にきれいに印刷できるように
        というコンセプトでつくられたワードプロセッサーが、何十ページ、何万文字
        の入力に耐えうるように進化した歴史を語るときに、富士通のOASYSと親
        指シフトが果たした役割というのは無視できません。OASYSと親指シフト
        があったからこそ、速記者は手書き原稿から解放された、逆に言えば速記者を
        手書き原稿から解放するために、OASYSと親指シフトは進化していったと
        いう面があったと思います。

         今、速記者ではないけれど、テープ起こしという形態で文章を起こす人間が、
        その価値を認めて親指シフトを導入するときに、マシンの設定の段階で何でこ
        んなに苦しまねばならないのか。アホくさ。

         怒りを外に向けて、自分の罪を転嫁するつもりはありません。前回情報、間
        違っちゃって本当にごめんなさい。

         などと書いている間にお客さんを逃がしました。お急ぎだったようで、納期
        の折り合いがつきませんでした。繁忙期の稼働調整って難しいです。

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        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第40号 (2004/6/29)===

         先日「いきなり!黄金伝説。」というテレビ番組でテープ起こしの紹介があ
        りました。これが今、同業者の間では大きく波紋を呼んでいます。今までテー
        プ起こしをご存じなかった方も「テープ起こしって何?」とたくさん関心を持
        ってくださっているようなので、私も少し書いてみます。

         番組の内容は、テープを1時間起こして、その報酬をもらうというもの。単
        価は100円/分。チャレンジしたタレントさんは15分起こしたので、1,500円の報
        酬を得ました。

         なぜ、こんなに波紋を呼んでしまったかというと、素人のタレントさんが1
        時間で1,500円も稼いでしまったからです。時給1,500円です。そりゃ「素人が
        それだけ稼げるなら、おいしい職業じゃん」ということになるでしょう。
         ところが企画では、1時間入力をしてテープの時間数をカウントしただけで、
        その後の聴き直し作業、校正作業を全くしていませんでした。当然納品レベル
        の原稿になっていないはずです。年賀状や普段のメールで入力間違いしてしま
        った経験は誰にでもあるはず。まして15分も入力したなら、その文字数は約5,000
        文字です。間違いがないわけがありません。それだけではありません。固有名
        詞の確認(例えばこの番組名だったら、!と。が付くことを調べたりするんで
        すよ)、おかしい言い回しの修正、表記の統一など、いったん入力が終わって
        からの作業はまだまだあります。
         それを省略して、ざっと起こしただけでちゃっかり1,500円ももらうというオ
        チに、まじめな同業者たちが憤慨したのは無理もありません。

         まあ、騒ぎを横目で見ていると、「そんなに騒がなくても」とは思います。
        しょせんバラエティ番組の企画です。まじめなドキュメンタリーのお仕事紹介
        番組ではないのです。こういう騒ぎを見ていると、そもそも前提となるテレビ
        への期待感、信頼度が高すぎるんじゃないかと思います。みんな随分純粋でお
        人よしなのね。
         脚色が多くて、ほとんどウソに近いようなテレビ番組を容認しているわけで
        はありませんが、そんなに憤慨する前に、企画そのものを批判してほしいもん
        ですね。「素人が初めてやった仕事で収入を得る」という企画そのものがナン
        センスだし、その職業を冒涜しているでしょう。時給300円という結果が出てい
        たら、笑って観ていたんでしょうか。おかしい企画からおかしい結果が導き出
        されるのは当然です。もしテレビを批判するなら、そこから見極めてほしいで
        す。

         まあ、それはいいとして、今回非常に興味深かったのは、インターネットの
        動きです。時給1,500円を「おいしい」と思った人は一斉に検索を始め、テープ
        起こし関連のサイトはものすごいアクセス数を記録しました。
         10年前なら、たとえマスメディアが間違った情報を流そうと、その真偽を確
        かめるすべはかなり限られていました。でも、今は違う。多くの個人がインタ
        ーネットで情報を探し、またそれに応える人もたくさんいました。掲示板で、
        ブログで「あの番組の情報は間違っている」と素早く対応された方のなんと多
        かったことか。
         インターネットはとかく負の部分が取りざたされるけれど、正の部分もたく
        さんあります。憤慨した人たちは憤慨しただけじゃなくて、自分の知っている
        正しい情報をたくさんインターネットに乗せました。時給1,500円に浮き足だっ
        た人たちが急速に冷静になっていくのを目の当たりにして、私は「これぞイン
        ターネット!」と震える思いがしましたよ。

         では、全然素早くないが、番組へのコメントを私も書いてみます。

        ◆ 100円/分という単価
         テープ起こしの仲介業者ではあり得る単価です。もっと高いところも安いと
        ころもあります。
         仲介業者は本当に仲介しかしないところもありますが、多くのところは、

        ・ 営業・受注
        ・ 多種類の音源(ICレコーダー、MDなど)を
          使いやすいメディア(例えばカセットテープ)に変換する。
        ・ 原稿の校正・校閲
        ・ 校正・校閲原稿の返却
        ・ スケジュール調整
        ・ 料金回収

        等を行ってくれます。その分中間マージンをとるわけです。これらはワーカー
        のためというよりは、その会社として一定の納品レベルを保つためにやってい
        ることですが、ワーカー側から見るとスキルアップの面も担っていて、どれも
        ありがたいものです。
         もし仲介業者を選ぶならば、単価が100円だ110円だと騒ぐのではなく、会社
        がお客さんを第一に考え、それがちゃんとワーカーのためにもなっているとい
        う会社を選ぶことです。

        ◆ 1時間に15分も入力できるのか?
         真実はわかりませんが、タレントさんが15分入力したというのは番組の脚色
        ではないかとにらんでいます。タッチタイピングができても、入力を普段やっ
        ていない素人は、まず1時間連続してタイピングできません。私は入力には慣
        れているほうですが(一応プロだろ、おい)、それでも1時間連続してタイプ
        するのは嫌です。そんな集中力は持ち合わせていません。「入力は結構速い」
        と思っている人でも、最初は5分がいいところでしょう。

         1分で100文字入力できることと、60分で6,000文字入力できることと、3時
        間で1万8,000文字入力できることは全然違います。入力を仕事にするというこ
        とは、3時間入力をし続ける技術と体力と集中力を持つということです。あっ、
        いや、休憩はしますけどね。キャベツの千切りを1分するのと1時間するのと
        3時間するのの違いを考えてみてください。考えただけで嫌になったでしょう。
        私も嫌です。
         ちなみにきのう手元にあった仕事で1時間入力をしてみたら、結果は21分で
        した。でも、その次の1時間はすっかりやる気が失せ、掃除機などかけ、その
        次の1時間では10分しか入力できませんでした。3時間でならすと10分ですか。
        がっくり。
         「時給1,500円で1日7時間労働なら日給10,500円。月に20日働いて21万。ウ
        ヒヒ」などという妄想はやめたほうがいいです。1カ月140時間もキャベツの千
        切りをする覚悟があるならいいですが。

        ◆ 校正の話
         さらに校正の問題があります。

        ・ 聴き間違いの修正
        ・ 入力間違いの修正
        ・ 話し手の言い間違いの修正
        ・ 固有名詞の表記の確認
        ・ 表記辞書に従った文字の選定

        などを2回目以降の聴き直しで確認していきます。1回しか聴かないなんてあ
        り得ません。録音状態が悪かったり、話し手の滑舌が悪かったり、専門用語が
        多かったりすると、3回、4回と聴き直します。音声を離れたところでの読み
        直しもします。少なくとも最初の粗起こしの倍の時間はかけていきます。プロ
        はむしろ、粗起こしが終わってからが勝負なのです。
         素人にはそもそも校正などできないので、番組で校正作業をばっさりカット
        したのは致し方ないのかもしれませんが、せめてプロに校正してもらって、入
        力間違い分を報酬から減らすぐらいのことはやってもらいたかったですね。

        ◆ 時給1,500円の話
         では、プロは時給1,500円ももらっているんでしょうか。
         単純に、その仕事の報酬をかかった時間で割り算すると1,500円以上の仕事と
        いうのはあります。でも、それ以外の庶務、パソコンのメンテナンス、請求書
        の発行、帳簿付けなどの作業時間も結構かかります。経費もあります。パソコ
        ンやソフトの購入、インターネット接続料金などで年間20万以上はかかるでし
        ょう。経費を差し引いて、すべての仕事で時給計算すると、私はまだ時給1,000
        円以上にはなっていません。

                         あー、なんか超ブルーになったよ。

         それでも、そういう番組で「なんか面白そうだな」と思った方は、この仕事
        に向いているかもしれません。大体今やっているプロだって、最初のとっかか
        りはそんなようなものです。少なくとも私はそう。知らない話を聞けるなんて
        面白そう。入力も嫌いじゃないし、家でできるのも魅力。……そんなもんです。
         どうです、やってみます?
 

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