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『さくさく堂のテープ起こし業務日誌』 バックナンバー 3


        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第21号 (2003/12/9)===

        ◆ コンピューターとコンピュータ
         以前勤めていた会社には独特の表記がありました。特に表記集なるものはな
        かった(少なくとも私は見たことがなかった)けど、あらゆる文書にそう書い
        てあるので、「うちの会社ではこう書くんだ」と何となく認識していた。幾つ
        か例を挙げてみます。

        コンピュータ ディジタル ユーザ インタフェース センタ

        あはは。どういう会社かわかっちゃいますか。
         片仮名の伸ばす音「ー」は、音引きと呼ばれます。これを省略する傾向があ
        りました。これ、経験則で、多分研究所主導の表記だろうと思っていましたが、
        なんでそうなっているのかは知らなかった。

         最近うだうだとネットをさまよっていたら、答えが見つかったんです。この
        音引きを書かない表記ってJIS規格からきているようなんですね。JIS規
        格というのは製品の品質を保証するためのものだと思うけど、結果として製品
        の名称を確定してしまっている。
         なーるほどね。研究資料や技術資料なんかを最初に書くとき、それをJIS
        規格に則って書くというのは正しいっすよ。それがそのまま社内に通し、業界
        に流通し、お客様にも流通してしまうわけね。

         なぜJISでは音引きを省略しがちなのかまでは調べがついていません。原
        語の発音に忠実にという説もあるし、音引きとハイフンの間違いによるコンピ
        ューターの誤動作(いや、コンピューターのせいじゃないけどね)を避けるた
        めというもっともらしい説もあるし、紙面の節約のためが起源なんていうすご
        い説も見つけてしまいました。もともと工業界だか学界だかで使われていたか
        らJISで採用したという、卵が先か鶏が先かの議論もありました。

         そういえば、この前「コミューニティ」って書いてある資料を見かけました。
        ん、打ち間違い?と思ったんですが、何度も書いてあるのでそうではなさそう。
        よく考えてみると、英語では確かに「コミュウニティ」と発音しますねえ。だ
        からってそう表記しちゃう学者さんて、なんかすごいわ。そのときは資料に従
        わないで、「コミュニティー」という表記にしておきましたけど。

         どう頑張ってみたところで、外来語の発音は片仮名では表現し得ないですよ
        ね。英語を考えただけでも、fの表記すらできない。原語に忠実にという主義
        はどこかで妥協せざるを得ない。
         外来語の多くは、最初は原語忠実派、英語読み推奨派、片仮名変換派などの
        幾つかの表記ができてしまいます。(この何でも英語読みにしちゃうってのも
        結構曲者なんだよねえ) 新聞ですら表記がまちまちです。それがもまれて、
        手あかが付いて、やがてどれかが認知されていきます。

         「そもそもそんな認知の仕方は問題がある。JIS規格が物の正式名称を決
        定しているんだ」と研究者や技術者は思いがちでしょうが、普通の人はJIS
        の名称なんて見る機会ないですよね。世間で時間をかけて普及して認知された
        表記がもしJIS規格から外れてしまったら、どっちを書いたほうがいいんだ
        ろう。

         これはJIS規格を悪者にしようという話ではありません。どう表記するか
        という話になると、ついついどれが「正しいか」という話になりがちです。何
        かの指標があると、うっかり飛びつきたくなってしまうのは職業病です。これ
        がまたキラキラ輝いて見えるんだ。
         そこをぐっと抑えて、立場によって正解が違うという話がしたかったんです。
        由来がわかると立場っちゅうもんが理解できるでしょ。クライアントと読者と
        自分が立っている場所がわかるって結構安心するもんですよね。
        「そっかー、JIS規格か。じゃ、守るか」
        「そっかー、JIS規格か。じゃ、そのとおり書かなくていいか」
        このどちらかを安心して言えるようになるわけです。

        ◆ ひとりごと
         「聞こえたまま、そのとおりに起こしてください」という指示の仕事だった
        ら、厳密には「コミューニティー」が正しいのかもしれない。言語学のフィー
        ルドワークでそういう需要はあるかもしれませんね。
         こういう仕事は単語として聞かずに音(おん)で聞くことになるので、単語
        登録はほとんど使えないし、文章を起こすプロにとっては逆に大変な作業にな
        ると思います。まさかそんな仕事はこないだろうなーと、気楽に「恐ろしやー」
        と考えているのでありました。



        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第22号 (2003/12/17)===


        ◆ 都合よく解釈するということ
         33歳の人に対して、年下は
        「私のほうが1つ下ですね」と、その1歳にこだわるものだから、
        「同じぐらいですね」とアバウトに返す人は年上の可能性が高いです。年上は
        その1歳にこだわらないものなのです。

         この間「4~5時間なんですけど」とクライアントから打診があったとき、
        つい4時間なら何日でできそうとざっと計算してしまう自分がいました。「い
        やいや、5時間だったときを想定して準備しておかないと」と思い直して宅配
        便を待っていたら、案の定6時間以上あったよ。
         クライアントに悪意はないんです。4時間も6時間も向こうにとっては「同
        じくらい」 でも、こちらにとっては「うお~~~、2時間も多いじょー」な
        のです。
         テープ1本なら録音時間の誤差は大したことありません。それでも、90分の
        つもりが120分録音されていたら、結構つらいですけど。
         テープが複数本あると、その誤差が広がっていくのよ。今回は4~5時間の
        受注のはずなのに120分テープが4本入っていたので、開けた瞬間まず思ったの
        は、「マックス8時間の可能性がぁぁぁぁ……」
         ……6時間でほっとしたくらいです。

        ◆ 師走
         議会月アンド年末なので、どこも仕事があふれている様子が伝わってきます。
        募集が頻繁に出ていますね。何年か前は掲示板で「本当に仕事はあるんでしょ
        うか」「どうやったら仕事を見つけられるんでしょうか」という書き込みをよ
        く見かけました。今、仕事は世の中にあるということはみんな見えてきたみた
        い。

         今月やっているあるクライアントさんは、去年の12月に知り合いから紹介し
        ていただいたクライアントさんです。その人は新規を増やしていない時期で、
        クライアントごと紹介してくださったのです。忙しい月にはそういう募集もた
        まにあります。

         でも、議会月は実はオフも結構ある(かもしれない)し、あまりバタバタし
        ない仕事が多いです。
         本会議の日程は前もってわかるので「初日は3日だから、テープが届くのは
        5日ね。じゃ、その前は1時間しか入らないかな」と議会中心に日程を組み、
        ちょうど1時間ものがなければオフになってしまいます。さらに議会のテープ
        到着が遅れようものなら、もう1日空くこともあるんです。
         それから、一般質問は1日分で5時間以上ある長丁場です。1時間テープを
        毎日納品するのと5時間テープを5日間でやるのでは緊張感が違います。5時
        間のほうが時間の調整もできるし、相対的には楽です。
         もちろんギュウギュウ詰めになる可能性もあって、ちょうどすき間に他のテ
        ープが入ることもあるし、受け持っている議会が自分の許容量より微妙に長い
        ときは、やっぱり慣れた人がやったほうがいいので、「あと30分ぐらい入る?」
        と詰め込まれちゃうこともあります。

        ◆ 議事録のローカルルールいろいろ
         なんで慣れた人がやったほうがいいかというと、地方議会にはローカルルー
        ルがたくさんあるからなんですね。

        ○議長(田中 太郎君) 市長の答弁を求めます。
         市長。
           〔市長 鈴木 二郎君 登壇〕

        というところだけでも、市長呼び出し部分を改行するか、しないか。あるいは
        呼び出しはカットする議会もあります。市長の登壇は初回だけか、毎回か。市
        長は登壇するけど部長は登壇しない議会、「降壇」まで書く議会もあります。
         3文字の名前は、「森善朗」か「森 善朗」か「森  善朗」か。
         あと細かいですけど、〔 〕と[ ]は違う括弧です。

         基本的には『標準用字用例辞典』という速記用の表記辞書に準じますが、

        御/ご 方/ほう 余り/あまり 子供/子ども ふえる/増える
                          (左が『標準用字用例辞典』の表記)

        右の表記を使う議会もあります。

         数字の表記もまちまちですね。半角/全角はもちろん、位取りの3桁目のカ
        ンマを入れるか入れないか。「半角で奇数の桁になったら、前に半角スペース
        を入れる」というのもあります。

        予算は234万1,234円です。(全角・カンマだけ半角)
        予算は234万1234円です。(半角・カンマなし)
        予算は234万1,234円です。(半角・カンマあり)
        予算は 234万 1,234円です。(半角・カンマあり・前半角スペース)

         基本的には聞こえたままが原則ですが、「ふうに/ふうな」は「ように/よ
        うな」にするところ、「じゃ」は「では」にするところもあるし、逆に「方言
        も正確に発言に忠実」というところもあります。

         議会はインタビュー記事の下原稿とは違います。議会事務局と署名議員のチ
        ェックは入りますが、そのまま議事録として完成させるつもりで原稿を作成す
        るものです。決めごとに従わねばならない部分は多いのです。こういう細かさ
        はデータ入力にちょっと似ています。
         慣れている人がやったほうがいいというのはこういうことです。

        ◆ よいお年を
         もしかしたらことしは最後かもしれません。もう一回書けるかなあ……。
        同業者の皆様はまだ佳境だと思います。ラストスパートですね!

    

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第23号 (2003/12/29)===

        ◆ 来年の抱負
         別に「来年の抱負」ってな歳でもないんですが、毎年何となくそういうこと
        を考えます。どうしてでしょう、癖ですね。しかも忘れません。達成できるか
        どうかは別ですけど。
         目標設定が簡単にできる年はいい年です。きちんと現状把握ができていると
        いうこと、次のステップが見えているということだからです。ただの自己評価
        ですけどね。自分にできることできないことを見つめられるのは、甘々の自己
        評価をしているってことですかね。

         この仕事、始めた年はもちろん日々の仕事をこなすのに精いっぱいで、目の
        前の仕事をどうやって乗り切るかが目標でしたが、強いて挙げるならば「軌道
        に乗せる」が初年度の目標かな。
         2年目は返ってくる赤原稿にへこんでいた時期で、「仕事量を減らして、原
        稿の質を上げる」が目標でした。2年目にして仕事量を減らすっていうのが図
        々しい目標ですね。ガハハハ。このころ校正力はかなりお粗末だったんだよね。
        (今でもだよ、バキ)
         3年目、つまりことしの目標は「仕事量を増やしても、原稿の質を落とさな
        い」です。仕事への耐性を強くしたいと思っていました。増やそうと思って仕
        事量が増えるって考えているところがまたもや図々しいですね。ガハハハ。
         で、そのとおり仕事量を増やしたのですが、前にメルマガにも書いたように、
        かなり大きくズッコケまして、「もう仕事続けらんないかも」という体調不良
        に襲われました。
         年をとってくると古傷って増えてきますね。病気でもけがでも一度やっちゃ
        ったら、次から同じところを故障しやすくなる。そういう部分があちこちに増
        えていきます。トホホ。一応回復はしましたが、この病気、ある意味で一生付
        き合っていくんだろうなと思っています。
         そんなわけで、4年目の目標は「ルーチンを増やす」です。
         たとえどんなクリエーティブな仕事でも、必ずルーチンの部分はあるんだと
        思います。デザイナーだって、デザインを考える部分はクリエーティブだとし
        ても、それを表現する作業自体は慣れていなくちゃいけない。道具の使い方や
        ら素材の選び方やらよく知らないけれど、ほんとにクリエーティブな部分に力
        を注ぎ込むためには、そのほかの部分は逆にルーチンになっていないといけな
        いような気がするんです。ルーチン作業とクリエーティブな作業は部分的には
        可逆で、反対の作業に触発されることも結構あると思うし。
         そろそろもうちょっと楽に仕事がしたいんですね。いつもアクセルべた踏み
        みたいな状態じゃなく、ササッとできる部分があって、1本仕事が終わっても
        倒れ込まない。そうじゃなきゃ、長い期間仕事としてやっていけないよお。
         それが4年目の目標です。

         まっ、テープ起こしがクリエーティブな仕事かどうかは微妙ですけど。私の
        中の位置付けは、クリエーターではなく職人ですね。
         自分はもっとSOHOとか経営とかに興味があるのかと思っていたんですが、
        職人としてへたれなうちはそんなことできないってことがわかってきました。
        だから、どうしても華麗なる職人芸を身に付ける方向に興味がいきます。
         じゃ、職人を目指してんのかとか、職人気質が性に合うかというと、ちょっ
        とそれとも違うんです。職人を目指す方向にいってしまう仕事だっただけで、
        仕事は仕事でしかないというか。
         命を削ってこの作品を作ったみたいな職人魂なんかは求めていません。仕事
        はただの経済活動であって、それ以上の価値を見いだすつもりはないんです。
        ものすごーく嫌いな仕事はできないでしょうが、「生きがい」だとか「女性の
        社会進出」とかっていう付加価値をくっつけたくない。大切なのは自分と家族
        の生活、それを支えるための手段でしかない。
         例えばダーリンと離婚して、子供たちを自分だけで養育しなければならなく
        なったとしたら、もっともうかる別な職につきます。どうかな、わかんないけ
        ど。多分うちのダーリンは養育費はちゃんと払ってくれると思うし、死んじゃ
        ったときは生命保険と遺族年金を残してくれるから、やっぱりテープ起こしで
        食べていくかもしれないなあ。(そうなの。抱負というよりシミュレーション
        が好きなの)

         メルマガのほうはとにかくここまで出せたことに安堵。お付き合いくださっ
        た皆さん、ほんっとにありがとうございました。これからはできるだけ観念論
        や総論じゃなくて、具体的な話を書いていけたらと思っています。

         プライベートのほうの目標は、何といっても発表会で踊ること。しかも今回
        は2曲よ! オーレ

         ことしもスキー場で年を越す予定です。雪が少なくて心配。頑張れ、スノー
        マシン!
         皆様、よいお年を。

   

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第24号 (2004/1/7)===

         年末年始のスキーは楽しく行ってきました。子供たちが中級コースにチャレ
        ンジしたし、私はスクールに入って基礎を教わってきました。
         その合間に、12月26、29、30日、1月5日(×2)に納品があって、それが
        済んで、

        3カ月ぶりに手元に仕事がなーい、いやっほう!

        と思っていたら、つい募集に手を挙げてしまう自分。あーあ。

        ◆ 黄泉がえる声
         3カ月も常時手元に仕事があった理由は、長納期の仕事がずっと手元にあっ
        たからです。「ゆっくりでいいから、起こしてくれや」という仕事、めったに
        ありませんが、たまーにあります。こういう仕事をダブルで抱えていると、通
        常納期の仕事の合間が途切れなくて大変よろしい。
         でも、一体そんな長納期の仕事ってどんなのやというとですね、何十年間も
        とっておいたテープを一気にデータ化しようという場合があります。定期的に
        講演会をしている団体なんかですね。一応記録のためにとってあったものが何
        十時間という単位になって(テープとしても何十本ですね)、「とっておいて
        も場所をとるし、それに磁気テープってだんだん劣化してくるよねえ」という
        ことなんでしょう。
         ちなみにこういう何十時間の仕事が個人の起こし屋に直接来るなんて考えに
        くいので、大体下請けの仕事になります。

         カセットテープはそれまでの録音媒体に比べて格段に小さいし、長時間録音
        できるし、かなり長い間統一規格でした。カセットってあまりにも身近な存在
        なので当然と思っていたんですが、今の記録メディアの不統一さと比べるとな
        んかすごい存在ですね。最初に作った会社が規格をオープンにしたところがす
        ごかったんだな。
         どこの国に行っても、どんな地域に行っても、カセットテープ、録音機、再
        生機が手に入らない地域はありません。だからこそ1960年代から2000年に至る
        まで(40年だよ、すごいね)普及し続け、光ディスクやメモリーカード系の大
        容量でコンパクトなメディアが定着しつつあっても生き残っている。
         あまりにも長い間普及していたため、カセットテープで保存されている情報
        は結構膨大なんだと思います。それが磁気テープの寿命、スペースの確保、パ
        ソコンの普及という要因によって一気にデータ化されていく。こういう需要は、
        ここ10年ぐらいのゆるやかな特需と言ってもいいかもしれません。何せこの手
        の仕事、既に3団体ほどかかわったことがありますので。

         今までやった一番古いテープは1964年の録音です。昭和39年ですよ。しかも
        お話しになった方は既にご存命ではありません。ご本人がいらっしゃらないの
        に、昭和30年代の声を平成になって起こすこの不思議。
         そういえば、「そんなに古かったらカセットじゃなくて、オープンリールじ
        ゃない?」と言った知り合いがいるんですけど、確かにちょうどはざまの時期
        ですね。私は下請けなのでダビングテープしか手元に来ていませんけど、オー
        プンリールだったらもっとすごい話で、正常に動く再生機がもうあまりないよ
        うですね。あれは見掛けは映画のフィルムみたいにでかいので、それこそ「起
        こしてくれる人がいるなら、いますぐお願いしたい」という需要はきっとある
        はずだと、その知り合いは言っていました。

        ◆ 図書館の使い方
         こういう講演会でよくあるのが文学関係の話題です。文学といえば、必ずあ
        るのが「引用」。
         著作権が切れた作品は青空文庫などのサイトにより、ネットで読むことがで
        きます。でも、こういう講演会では有名な作品の話なんかしないですね。みん
        なが知ってる話じゃつまらないというのもあるだろうし、実際にご自分が研究
        されている細かーいことから作家をひもといていくことが多いです。例えばど
        こかの新聞に寄稿した文章とか日記とか書簡とか、小学校の恩師が地元の資料
        館ができたときにその作家について語った言葉とか、そういうレアな文章を話
        題にします。
         こういうのは図書館に行くしかありません。
         もしこの手の仕事が通常納期だったら、図書館に行っている時間なんかあり
        ませんので、引用部分を探せずに納品することになります。長納期だからこそ
        ゆっくり調べられるのです。普通、単納期になるほど作業単価は高く設定する
        んですが、こういうのはどう考えたらいいんですかね。難しいですね。

         例えばこの12月にやっていた仕事は、森鴎外(「鴎」はほんとは違う字です。
        これは起こし屋としては知っておいたほうがいいです)、夏目漱石ほどは有名
        じゃない作家についての講演でした。この二人以外は、青空文庫などの情報量
        もがくんと減ります。そして引用部分はやっぱり書簡。「え~、こんな作家の
        書簡なんか見つけらんないよー」と最初から弱腰。まず市立図書館に行ったら、
        全集に入ってない。やっぱり。
         で、県立図書館に行ったら、なぜかばっちり見つかりました。全集には次の
        巻があって、そこに入っていました。しかも県立図書館には、ほかの出版社も
        含めて全集が2種類あった。古い本は古い図書館のほうが蔵書数が多いんでし
        ょうか。単純な蔵書数では市立図書館のほうが多いんですけどね。
         この2つの図書館にはインターネットによる蔵書検索サービスがあるので、
        行く前に調べればよかったんですね。今まではとにかく行って、それから図書
        館で検索していたんですけど、さきに検索して、どこの図書館に行くか決めた
        ほうがいいってことがわかりました。
         文学全集の棚のところなんて、あんまり人がいないです。しかも欲しいレア
        な本はもちろん書庫に入っています。文学全集を書庫から出してもらったりし
        ていると、ちょっとインテリになった錯覚をして、いい気分です。だから、図
        書館に行くような仕事は好き。たまにでいいけど。
         やっぱりそれなりに内容は難しいことが多くて、録音もあまりよくないこと
        が多いです。古かったり、テープ起こしを前提にした録音じゃないからですね。
        だから、1回目は全然聞き取れない。ちなみに今回のテープは2時間起こして
        聴取不能箇所が200カ所あった。恐ろしやー。調べ物をしながら2回目を聞く。
        調べきれなかった部分を図書館で探し、引用部分を埋めて、3回目でだいぶ内
        容がわかってくる。ここで不明箇所は5カ所まで減りました。

         この手の仕事は聴取不能箇所の虫食いは基本的に残しません。クライアント
        はそういう厳密さを求めていない。とにかく何とかして聞き取る。委託元に聞
        き直しを頼めるなら、ダブルで聞いてもらう。文脈から重要なことを言ってな
        さそうなら創作し、カットしても意味が通じればカットしてしまう。えっ? 
        テープ起こしとしてはおきて破りです。とにかく聞き直すこととほかの人に聞
        いてもらうのが大優先。それでも不明な場合、量や不明箇所の質にもよります
        が、2時間テープで5カ所ならまあいいか。
         それだけやっても長納期で安い単価だと全然割が合わない。だからたまにで
        いいの。でも、そこまでやると、ちょっとうんちくが語れるほどになっていた
        りします。だからやっぱりちょっと好き。なんのこっちゃ。

     
        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第25号 (2004/1/15)===

        ◆ ケバとり追放計画
         ケバとりという行為をなくすということではありません。「ケバとり」とい
        う言葉を安易に使うと危険だということです。
         「あー」とか「えーと」といういわゆる無機能語を削って、あとは「聞こえ
        たまま」に起こすという起こし方を「ケバとり」と呼びます。何が無機能語か
        というのもテープのジャンルによって違うので、一概に「ケバ」と言えません
        が、それよりもくせ者なのが「聞こえたまま」ってのです。

         例えば「セクシャルハラスメント」と話者が発音します。でも、「セクシュ
        アルハラスメント」と表記するのが普通。公的機関や新聞等ではこちらの表記
        を採用しているから。これは、録音も発音も明瞭で、しかもよく知っているつ
        もりの言葉でも、必ず表記を調べねばならないという好例です。

         でも、きょうは名詞の話ではありません。名詞は調べさえすれば、どの表記
        がこの場合「正しい」かを選べます。難しいのは名詞以外の部分。

          こっち  -  こちら
          してる  -  している
          してらっしゃる  -  していらっしゃる
          けど・けれど  -  けれども
          落っこって  -  落っこちて
          ~っていう  -  ~という
          じゃ・それじゃ  -  では・それでは
          しょうがない  -  しようがない
          んで・んです  -  ので・のです

        どちらも間違いではありません。左が話し言葉に忠実に「聞こえたまま」書い
        たもので、右が書き言葉に修正したものです。

         さて、「ケバとり」という指定があったとき、どちらの起こし方をしたほう
        がいいでしょうか?

         実は「ケバとり」という指定は、その辺のことに全く触れていないのです。
        だからいろんな仕上げ方が出てきてしまうんですね。不思議ですねえ。たかが
        ケバとりなのにねえ。これはケバがどうのという問題ではありません。(もち
        ろんどれがケバかという解釈によって文章は変わってきますが、それは今回は
        考えません) 結局話し言葉と書き言葉はこんなにも違うということなんです。

         とは言っても、この辺の仕上げ方を一々クライアントが指定してくることは
        まれです。クライアントが文章作成のプロでなければ、そんな違いがあるなん
        て思いもよらない。プロなら自分で再加工するので、そこまで要求してこない。
         クライアントが「普通に聞こえたまま起こしてください」と言ったとします。
        この「普通に」がケバとりを意味していることがあります。それから「聞こえ
        たまま」が書き言葉を意味していることも多いです。
         確認できる場合はしますが、「よしなに」という場合は判断するのもこちら
        の仕事。最終形態やテープのジャンルから、どの程度の話し言葉にするか、ど
        の程度の書き言葉に修正していくかのさじ加減を考えていきます。

         議会議事録は、ケバを最小限とって話したままを忠実に再現していくんです
        が、実は書き言葉には直しています。月刊誌のボクサーのインタビューだった
        ら、そりゃあもう絶対話し言葉ですわな。(ケバなんてないかも) ビジネス
        マン向け週刊誌の企業トップのインタビューなら、最終的には書き言葉になる
        可能性が高いから、そのつもりで。
         話者のキャラクターには左右されます。知事サミットの会議録なら書き言葉
        ですが、とてもキャラが立った某知事さんの話をどこまで書き言葉にしていい
        か、ものすごく悩んだことがあります。方言も難しいですね。方言は強いキャ
        ラクターですから。
         だから、文全体の「んです」を「のです」に全置換するなんてことはしませ
        ん。一つ一つ文章の流れでどちらが自然か、全体のトーンとして話し言葉寄り
        なのか書き言葉寄りなのかを考えながら選んでいきます。
         「『です・ます調』と『である調』は混在させない。文体は統一すべき」と、
        昔学校で習ったおぼえがあります。そんなんはくそ食らえです。(失礼) そ
        ういう迷信に支配されて、「んです」と「のです」の混在はおかしいからとど
        ちらかに全置換してしまうと、文章として変になっちゃう。混在していたほう
        がいいわけではないけれど、実際に読んで「なんか変だな」「なんかすらすら
        読めないな」という嗅覚のほうが大事です。……そう、私は思っています。

         クライアントから前回の見本を提示されることがたまにあります。そういう
        ときは、印刷時のレイアウトや表記の統一よりも、こういうことを確認するほ
        うが大事なんですね。まず、「じゃ」や「んで」や「けど」をどう処理してい
        るかを見る。それから、「そういうふうにして」や「だと、こういうわけです」
        などの、書き言葉としては冗長な部分が残っているかどうかを調べる。あとは
        実際に読んで、文章の雰囲気を知ることです。

         どれもこれも、「ケバとり」の範囲での話です。

        ◆ ブルグミュラー
         娘のピアノのおけいこが半年続いたので、そろそろおもちゃのキーボードで
        はなく、本物を買ってあげることにしました。と言っても、値段とスペースと
        重さの関係で電子ピアノなんですが、タッチにはこだわって生ピアノに近いも
        のを選びました。(ちなみにKAWAIのPW1000) 私も久しぶりに昔
        の練習曲を弾いたり、娘の伴奏をしたりして遊んでいます。
         面白かったのは、ピアノを弾いた後パソコンのキーボードを打つと劇的に軽
        いこと。そりゃあもう別なキーボードかと思うぐらいです。指が速く動いちゃ
        うかしらなんてよこしまな考えもあって、しばらく遊んでみようと思っていま
        す。

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        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第26号 (2004/1/28)===

         前回、「聞こえたまま」といってもある程度書き言葉に直していく場合もあ
        るという話をしました。じゃ、それ以前に、聞こえたものが日本語になってい
        なかったらどうしましょう。

        ◆ 日本語に聞こえない -不安な話者の場合-
         どうもすらすら打てなくて、10分ぐらい打っているとイライラしてくるとき
        があります。そういうときはあまり日本語として聞こえていないときです。

          きょんもことしん → 去年もことしも
          他人をみて → タイミングをみて
          その辺をちょっごぇ → その辺をちょっと(ご質問します)
          いまんしたら → 今、見ましたら
          きょーわる → 企業はある
          ぎゆきそうてい → 技術的想定

        わざわざ納品後に、実際はどう聞こえるのかなと思って、左側を作成してみま
        した。ばかだねー、あたしゃ。
         ほんとー言うと、左側のことを「聞こえたとおりに起こす」って言うんです
        よ。こういう日本語になっていない音を、「ん?」と思って何回も聞き直して、
        前後の文脈から判断しながら日本語に翻訳するのがテープ起こしです。がああ
        ああぁぁぁぁ!

         この人、多分話している内容に自信がなかったんですね。アイデアが頭の中
        で文章になっていかないんですね。言い直しも多いし、間合いが変だし、声は
        だんだん小さくなるし、ごまかし笑いが混じったりします。出直してこい!

        ◆ 日本語に聞こえない -早口な話者の場合-
         早口もねえ、日本語として聞こえないものが多いです。
         アナウンサーがどの程度のスピードで話しているか調べたら、400文字/分
        ぐらいだそうですが、これは要するに1分で原稿用紙1枚ということらしいで
        す。ということは、漢字仮名交じり文で改行も入れて1枚ということになって、
        実質350字/分程度になりますかね。
         そのスピードで1時間しゃべったとすると2万1000字。うん、これは結構妥
        当な文字数。実際のテープでは、次の人がしゃべるのを待っている時間や考え
        ている時間、資料を開いたりマイクが手元にくるのを待っていたりという時間
        がいろいろ入るので、1万8000字ぐらいが標準と私は考えています。(インタ
        ビューはもうちょっと多いかな)

         仕事をいただいたときから、「今回はきっと早口だな」と覚悟していました。
        話者はエコノミスト。経済や経営の話は割と好きなジャンルで役得な仕事です
        が、どうして彼らはあんなに早口なんでしょう。結局2万7000字/時になりま
        して、1.5倍速ですね。経済用語や企業名の調べものが多いんだからさー、頼む
        よ、ゆっくりしゃべってくれよ。
         一体人はどれぐらい早口になれるかというと、お笑い芸人さんは600字/分ぐ
        らいいく方もいます。3万6000字/時です。気絶しそうです。芸人さんといっ
        ても、テレビの人は間合いもありますが、ラジオ出身の芸人さんは息継ぎをし
        ません。多分耳で呼吸してると思います。(きっぱり) 実際3万6000字/時
        の芸人さんの仕事もやったことありますが、どんどこ起こしても、タイムカウ
        ンターはほとんど動かないという恐怖を味わいました。

         やってもやってもテープが進まないのも恐怖ですが、単語が聞き取れないの
        が一番困る。多少聞き取れなくても、お笑いのネタ程度の話題なら文脈はわか
        ることが多いですが、エコノミストの話になると文脈がわからない事態もあり
        得ます。文脈が理解できないのは致命的。聞き取れないところは前後の文脈か
        ら探っていきますが、それができない。ストーリーがわからないと、同音異義
        語や「てにをは」を山ほど間違えた文章になってしまいます。「こいつ、意味
        わかってねえな」という原稿は間違いなくばれます。

         「聞こえたまま」ということを突き詰めていくと、そんなのは幻想にすぎな
        いという気がしてきます。日本語にする作業からスタートですからね。音声認
        識ソフトというのはそのうち素晴らしいものができるでしょうが、聞き取りそ
        のものが一番問題だと思います。少なくとも「ごぇ」はコンピューターにはわ
        っかんねえだろう。「ご質問します」だと翻訳できる人間の言語処理能力って
        すごいです。
         今、翻訳という言葉を使いましたが、その場で消えていくはずの声を文字に
        定着させる作業は、起こしている者にとってはまさに翻訳作業ですね。ところ
        が、読む人にとってはただの「聞こえたまま」になっちゃうんだから、その落
        差たるや……。クライアントには「じゃあ、ケバとり程度で……」なんてシレ
        ッと言っておいて、クソ、メルマガのネタにでもするかという気になるっても
        んです。

        ◆ サイト紹介コーナー!
         麻nekoさんの録音反訳(テープ起こし)の日記で拙メルマガ(発音できない
        なあ)を紹介していただきました。最近の話題に対するコメントもいただいて
        います。
         メルマガは皆さんの反応がよく見えないのがちょっと残念。こうやって目に
        見えるかたちにしてくださるのはとてもうれしいことです。しかも考察が興味
        深い。皆さんもぜひごらんになってください。

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        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第27号 (2004/2/6)===

        ◆ テープ起こし基礎用語集[守秘義務]の項
         ねー、聞いてよ。アタシさぁ、テープ起こしって仕事してんの。んで、いろ
        んな会議とかこっそり聞けるんだけどぉ、この前病院の治験の会議やったのよ。
        えっ? 治験ってさぁ、新薬を患者さんに実際に飲んでもらってホントに効果
        があるか調べることよ。こっそり効果のない薬飲ませる人とかもまぜて調べん
        のよ。なんか秘密のにおいがしなーい?
         でさー、この前聞いちゃったのよ、その治験の会議でぇ「1億円の謝礼」っ
        て言ってるのを。もーうびっくり。認可されてない薬でも、欲しがる患者さん
        ってたくさんいるのかしらねー。いや、世の中金よねぇ。

        [守秘義務] テープ起こし者が守らねばならないもの。依頼主のテープの内
        容を他人にべらべらしゃべってはいけない。出版関係の場合、内容が外部に漏
        れることによって情報価値が下がることもあり、損害賠償に発展しかねない。
         ……と表向きは言われているが、実は聞き間違いをしたテープ起こし者が赤
        っ恥をかかないための自衛手段である。
         ちなみに、上記は「医局への謝礼」

        ◆ テープ起こしがカットしてしまうもの
         先日プライベートで教育カウンセラーの講演を聞きにいってきました。聞き
        ながら、「少し声がこもるから語尾がはっきりしないわね。マイクにもう5セ
        ンチ近づいてくれたらいいのに。でも、このぐらいだと(1時間)1万7000字
        ぐらいのスピードだから許せるわね」などとつい思ってしまいます。その場に
        いるほとんどの人が聞き取りづらい講演だと思っていなかったと思いますが、
        内容がわかることと発言が全部聞こえることはそんなにも違うんですね。

         途中、子供の未来ということで「戦争はあってはいけない」という方向に5
        分ほど話が飛びました。ご自身の戦争体験を思い出されたのでしょう。言葉に
        つまる時間がありました。
         長い長い沈黙。ポケットからそっとハンカチを出し、口元をゆっくりと拭く。
        あごをかすかに上げ、口を開く。長い長い沈黙。またハンカチで口元を拭く。
        今度は口を固く閉じ、空を見詰める。
         その間3分程度でしょうか。そのあと厳かな声でゆっくりとまた講演がスタ
        ートしました。会場のそこここから鼻をすする音が聞こえてきました。それほ
        ど彼の沈黙は会場をシンクロさせる力があったのです。この沈黙、彼の動作、
        声の抑揚、これらはみんなテープ起こしではカットしてしまうものです。文章
        にしてしまえば、1時間半の講演の中のたった5分の話とたった3分の沈黙。
        会場で空間を共有しているからこそ伝わるもの。

         仕事でこの講演を聞いていたら、「ラッキー、3分録音されてない」と早送
        りしたことでしょう。なんて色気のない……。
         この話に結論はありません。カットしてしまうからいいとか悪いとか、どう
        やったらカットしないで済むかとか、そういうのは私にはわからない。ただ、
        とにかく現実を突き付けられたという話です。


        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第28号 (2004/2/13)===

         表記について書こうと思っているんですが、いろいろありすぎて(笑)、何
        をどこから書いたらいいか難しいですね。
         一つだけね、仕事を始めて3年ですが、3年目だから言えることというのが
        あります。3年目だから気付いたことっていうのかな。だから、5年たったら
        また違ったことを言っているだろうなと思います。そんなふうに読んでいただ
        けたらうれしいです。

         テープ起こしの実務者は表記辞書に過敏にこだわる人が多いです。その辺に
        ついて思うことを、まずちょっと。
         特に通信教育出身の人、あるいは納品先から赤原稿を返してもらっている人
        は、原稿の「間違い」を指摘されるという経験をします。
         正解原稿なんてものはありません。例えば句読点の修正があったとしても、
        そこには明確なルールはありません。少し雑な言い方をしてしまえば、好みの
        問題。聞き間違いがあったとしても、同じテープは二度とない。「次はちゃん
        と聞こう」と思うだけです。同音異義語の変換間違いも、指摘されればわかる
        うっかりミスの部類なので、「次から気を付けよう」で終わってしまいます。
         そんな中、表記辞書と合っていない間違いだけは明快な間違いなのです。次
        は赤字の少ない原稿をと思うとき、最初に取りかかるのが表記を完璧にすると
        いうことになるのは、まあ必然ですね。
         ただ、そこで危ないのは「表記が合っていれば赤字が減る」ということが
        「表記さえ合っていればいい原稿になる」と勘違いしてしまうことです。

         経験則としては、指定表記がちゃんとできているかどうかと原稿の質はある
        程度の相関関係があります。多分経験を積んでいい原稿ができるようになって
        きたら、表記辞書も頭に入ってくるということなんでしょう。

         表記辞書として有名なものには、まずマスコミ系のものがあります。これは
        不特定多数の人に情報を提供するため、常用漢字をベースにしています。常用
        漢字の話をしだすとまた話があっちこっちへ飛びそうですが、常用漢字って変
        なんです。少なくとも、常用漢字だけ覚えれば日本語が十分に表現できるかと
        いうと、全然足りない。
         さっき書いた「完璧」ですが、「璧」は常用漢字ではありません。でも、
        「かんぺき」という言葉はどんな日本人でも年間何十回と使うふつ~~~うの
        言葉ですよね。これを常用漢字だけで書こうとすると「完ぺき」という表記に
        なります。これを交ぜ書きと言いますが、どう、この表記? 常用漢字の選定
        基準に、熟語単位での漢字の使用頻度は考慮された気配があまりありません。
         交ぜ書きに関して思うことは、音読みは漢字で書かないと意味が通じないも
        のが多いということです。「けいしょう」は「継承」「軽捷」「敬称」「景勝」
        「軽傷」「軽少」「敬承」「警鐘」「形勝」、こんなに同音異義語があります
        ね。これを平仮名で書くぐらいなら、違う言葉に置き換えたほうがまし。
         大体マスコミ系の表記辞書を使っていると、「あら、こんな言葉も平仮名?」
        「あら、こんな言葉も交ぜ書き?(怒)」ということが多いです。

         もう一つ有名な表記辞書に速記表記があります。マスコミ系が読者を意識し
        た表記であるのに対して、速記表記は話者を意識している。だから、かなり独
        特。
         それはでも、テープ起こしにとってはとても大切なことだと思います。作成
        している原稿は、決して自分自身がしゃべっていることでも、考えていること
        でもなくて、だれかの発言を文字にしてあげているだけなんだから、大切にす
        るのは、まずはしゃべっている本人でしょ。
         速記表記は、ライターが文字にする段階で加わってしまう情報を徹底的に排
        除しようとしています。具体的には、ニュアンスが変わるかもしれない情報は
        漢字表記しない。「資産が増える」「資産が殖える」と両方書けるから、「ふ
        える」は平仮名。「分かる」「解る」「判る」も漢字で書くとかなり情報が加
        わるから、「わかる」は平仮名。ちなみに交ぜ書きは少ないです。

         さて、3年目の実感ですが、読んでもらえなきゃ原稿を書く意味がないので、
        読者を意識するという意味で、常用漢字ベースの表記を学ぶことは大切なこと
        だと思います。また、話者の発言を尊重するという態度を身に付けることも大
        切なことですね。そのために、マスコミ系や速記系の表記を習得することは意
        義があると思うようになりました。

         日本に生まれて日本に育ち、何十年も普通に漢字を読み書きしていても、職
        業として文章を書くようにならないと、表記についての感受性というものはそ
        んなに養われていないんですね。少なくとも私はそうでした。
         先日「御座います」「宜しく」「但し」という表記を見かけました。それが
        漢字で書いてあるから丁寧と思うかどうかは表記に対しての感受性です。「欲
        しい」「下さい」「致します」は漢字で書くけれど、補助用言として使うとき
        には意味合いが薄れるから「してほしい」「してください」「お願いいたしま
        す」と書くほうがしっくりすると思うのも感受性。
         ワープロの出現によって、漢字表記はむしろ簡単にできるようになりました。
        だからこそ、何を漢字で書き、何を平仮名で書き、何を片仮名で書くかは、
        「書けるから」「読めるから」「常用漢字だから」「○○表記だから」という
        だけではなくて、表記への感受性で選んでいきたいと思うんですね。
         そのためには、人の意見を知ることが大切。小説や詩ではどういう表記が選
        ばれているかをみるのもいいし、表記辞書を使い分けることによっても感受性
        が少しずつ研ぎ澄まされるようになっていくと思います。そんなわけで、表記
        辞書への誤った信仰心というものを否定しつつも、何かの表記辞書を学ぶこと
        は大切なのではないかと思い始めています。

   
        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第29-2号 (2004/3/2)==

         行列に並んでおいしい食事をするぐらいならコンビニ弁当を買いますが、フ
        ァーストフードのハンバーガーを食べるぐらいなら定食屋でサラリーマンと相
        席になったほうがいいです。
         そんな私が年に1回行くラーメン屋があります。結構おいしいんですが、普
        段は行かない町にあるので、わざわざ食べるためだけには行きません。そして、
        年に1回その町に行く理由は、そこに税務署があるからです。

        ◆ 青色申告ってやったほうがいい?
         ということで、確定申告の話。日本の税制は累進課税と言って、いっぱい儲
        けてる人のほうがたくさん税金を払うようになっています。収入が330万未満な
        ら所得税率は一番少なくて1割です。今回は税率1割という前提で話をします。
         個人事業主の確定申告には白色と青色という2種類があります。青色のほう
        が帳簿つけが大変なのですが、その代わり税金が優遇されます。んで、どっち
        がいいのかなー、帳簿つけって難しいのかなー、でもお得なほうがいいよなー
        とお悩みの方に私の意見を……。

         税理士さんに聞くと10人が10人「青色のほうがお得なので、そちらにしたほ
        うがいいです」ときっぱり答えます。税金が優遇されているのは本当です。55
        万の控除があります。これは「ちゃんと複式簿記で帳簿をつけて、健全な経営
        をしている」というご褒美だと、私は思っています。
         これを「うほー、55万もお得なのね」と思ってはいけません。税金としては
        この1割、つまり5万5000円お得になったと考えなければいけません。

         5万5000円という金額はあなたにとってどういう金額ですか。
         ある人にとってはテープ数時間分の報酬かもしれませんし、時給換算で大体
        数日分という人もいるでしょう。
         そうやって考えると、青色申告にして5万円節税するために高価な会計ソフ
        トを買ったり、何日も何日も帳簿つけの時間が増えたりするのはかえって損に
        なりかねないということがわかります。あっ、会計ソフトは何年も使えますけ
        どね。税理士さんは、複式簿記の帳簿つけが素人にとってどのぐらい大変かと
        いう想像力に欠けていますね。「私は白色のままで経理に時間をかけないで、
        その分多くテープを起こす」いう考え方も実は間違い(損)ではないのです。
         それからね、バリバリ稼いでいる人で55万の控除なんかいいやと思っている
        人は結構います。そりゃ、稼ぎが少ない人ほど5万という金額に重みがあるわ
        けだし、サラリーマンの妻で第三号被保険者から外れるか外れないかというラ
        インの人にとっては大切なわけです。収入が多いほうが青色だ白色だとあまり
        気にしなくなるというのは変な構図です。

         そういう私は青色申告です。今回で2回目。ちなみに会計ソフトは使ってい
        ません。計算とソートのためにエクセルは使いますが、帳面での帳簿つけにか
        なり近い作業をしています。簿記は素人ですが、基礎的な経理本と具体的な帳
        簿の書き方の本2冊でなんとかなっています。
         2回目だったし、ことしは楽にやれるはずだったのに、やっぱり苦労した。
        何より言葉が嫌よね、簿記って。どうして貸借対照「表」と損益計算「書」な
        のかしら。しかも確定申告の貸借対照表は資産負債「調」って言うのよ。どう
        いうこと? なんか名付けた人の悪意を感じるわ。

         貸借対照表(balance seat 以下B/S)は資産と負債と資本のバランスを表
        した表で、小売業で流動資産をたくさん抱えている会社や設備産業で固定資産
        をたくさん持っている会社にとっては大事な経営指標です。次の商売をするた
        めにいくら仕入れられるか、いくら固定資産を買えるか(いくら負債を増やし
        てもいいか)という販売計画は、B/Sの構造を見ながら立てていきます(と思
        う)。
         でも、資産規模が100万にいかないあたしらのような個人事業主には、資産な
        んて銀行預金と現金、パソコン(固定資産)ぐらいしかないんですね。借金なん
        てもちろんしません。それから、自分個人と財布が一緒というのもありますね。
        仕事で打ち合わせに行くときも個人の財布から交通費を出しますし、仕事で儲
        かったお金はもちろん家計に入ります。これ、会計上は「事業主借」や「事業
        主貸」という行為になるんですが、給料感覚でいくと儲かった金は私個人のも
        のだろうと思っちゃいますよね。どうも資産とか負債という概念が個人事業主
        にはなじまないんですね。ことしもB/Sの作成でえらい苦労しました。

         それに比べて、損益計算書(profit and loss 以下P/L)はわかりやすい
        です。いくら売上があって、いくら経費がかかったから、差し引き利益はこれ
        だけという考え方ですから。
         P/Lは自分の収支構造を知るためにはいい指標です。確定申告をする最大の
        動機はなんたって源泉徴収されすぎている税金を還付してもらいたいというも
        のですが、せっかく帳簿をつけるんだから、ついでに収支構造を分析したほう
        がいいです。小さくたって事業を営んでいるんですから。
         コピー用紙からプリンターのインク、雑誌、パソコンソフトまでみーんな
        「消耗品」という科目にするのは間違いではありません。それでもだんご状態
        の経費の金額はわかる。でも、一体何にお金をかけているのか、どうしたら経
        費を効率よく使うことができるかってことはそういうP/Lでは全然わからな
        い。そんな何もわからないP/Lを一生懸命つくるぐらいなら、白色申告してい
        たほうがいいよ。
         私は個人事業主が青色申告にする理由として節税を考えてもあまりメリット
        がないと考えています。それよりも大事なのは、自分の経営診断をそれででき
        るということにあると思います。出来上がったB/SやP/Lを見て、次にどう
        出るかということを考えるためにつくる。

         でもまあ、自分だけで在宅ワークしている分には、経費構造もそんなに個人
        差は出てきません。使う経費って限られているんです。収入に対して費用が3
        割程度なら健全と言っていいんじゃないでしょうか。そういう意味でも、青色
        申告にして、経理をきちんと見るほどの商売ではないという気もします。
         これが、人を使ったりして事業を拡大していくと経費構造は変わってきます。
        経費は3割より増えていくと思います。現在のテープ起こしのSOHO業界は、
        事業を拡大するほど収支が悪くなるという構造的な欠陥を抱えています。(私
        自身は外注はほとんどしませんので、この辺は想像も入っていますけどね)

        ◆ 「ケバとり」その後
         26号でメルマガは反響がわかりにくいということを書きました。そして、日
        記で取り上げていただいた話をしました。引き続き、その話題がテープ起こし
        総合研究所さんのメルマガ29号でも取り上げられたのでご紹介しますね。こう
        やってご自身のメディアを持っていらっしゃる方にコメントをいただくのは大
        変うれしく、ちょっと自分がバーチャルになった気がして不思議な感覚です。

   

        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第30号 (2004/3/19)===

        ◆ フレー!フレー!
         繁忙期です。淡々と、黙々と仕事をしています。それでも仕上げが荒くなっ
        ている自覚があります。未熟です。それでも淡々と、黙々と仕事をしています。
         在宅で自己管理できる同業者の皆さんは、PTAや子供会などでも活躍され
        ている方が多いです。そういう用事も重なる3月です。
         今月は私、90分から150分程度の短めのテープが多く、1日気を抜くとあとが
        ない状態でやっています。そんなわけで自分もへろへろですが、皆さんのこと
        を応援したくなって30号を書こうと思いました。
         今が山場の皆さんが多いことと思います。もう既に頑張っている皆さんに
        「頑張って」もありませんが、どうぞ休むときは休んでくださいね。
         私も、次号はちゃんと書きます。絶対に……、多分……、きっと……。

  
 

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