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『さくさく堂のテープ起こし業務日誌』 バックナンバー 2


        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第11号 (2003/8/11)===

         先週は火曜日から旅行に行く予定のところへ、送付漏れだったテープが「送
        っておきましたー」と到着。出発の日の朝7時半に納品というセーフなんだか
        アウトなんだかわからないやっつけ仕事をしてしまいました。
         旅行先では、キャ~~~~~~と叫びながら5メートルのがけから川に飛び
        込む遊びなどした後、ホテルの足裏マッサージというのを初体験。普通のマッ
        サージはもみ返しがある人もいるので、初心者には足裏はお勧め。ハンサムな
        男の子(だったわ、ラッキー)に、事もあろうに他人様には絶対見られたくな
        い人生の垢をため込んだ足裏なんちゅうものを、どーんと台に乗せ、オイルを
        塗ってもらって、やさしく、ときに激しくもんでいただくなんて、なんて女王
        様気分。
         あれは「疲れてますねえ。ここもここもここも悪いでしょう」と言ってもら
        ればもらうほど客として満足するということを実感しました。「寝不足ですね」
        と言われましたが、そうなのよ、あなたにマッサージしてもらうために、あた
        しゃ寝不足なのよ。

         さて、何のメルマガだったっけ?

        ◆だれの心に従うか
         テープ起こしでは表記の話題がよく出ますが、それで迷う理由はずばり、

        人は漢字でしゃべっていない

        からです。もちろん平仮名や片仮名でもしゃべっていませんが、この2つは表
        音文字なのでかなりの言葉をしゃべったとおりに再現できるのに対して、漢字
        はテープ起こしをしている人間が判断して、妥当と思われる字を当てはめてい
        るにすぎません。
         例えば「ひとのものをとる」という文があります。これを私が私の文として
        表記するときに、「他人のモノを盗る」と書くのは問題ありません。ルビがあ
        れば、読むほうも割とすんなり読めます。
         日本語ではかなり当て字が許されています。というか、日本人(この場合、
        漢字を日常使う人)は、当て字のシャレが大好き。最近はやりの絵文字(あれ
        も当て字の一種よねえ)もセンスよく使う子はソンケーされていると思うわ。

         日本語、特に訓読みの歴史は当て字とその認知の歴史なんです、多分。
         先ほどの「とる」という言葉では、常用漢字として認められている「取る・
        採る・執る・捕る・撮る」があります。ATOC16の候補として出てくるのはほか
        に「盗る・摂る・録る・穫る」。
         これらは、もとから日本にあった「とる」という1つの言葉に、複数の漢字
        を当てはめてしまった結果ではないかしら。ほかにも「表す・現す・著す・顕
        す」「済む・住む・澄む・棲む」「始め・初め」など、日本語には同音異義語
        はごっそりあります。これらを眺めていると、それぞれある共通の概念が浮か
        び上がってきませんか。
         漢字を書ける人が増えたのは明治以降だから、純粋に話し言葉として使って
        いた時代は「とる」は「とる」でしかなかったのではないでしょうか。だれか
        がそれに意味から漢字を当て、まただれかが追加し、幾つかは認知され、さら
        に後に常用漢字としてお墨付きになっただけなんだと思います。(いや、ホン
        ト憶測なんだけどね)
         漢字の進化ってパズルみたいで楽しいですねえ。だれが訓読みを発明したん
        でしょうか。「漢字ど忘れしちゃった」という人はたくさんいるし、私もパソ
        コンがないと書けませんが、その表記の自由さゆえに読むのに苦労するという
        人は、普通に日本語を読める人なら少ないでしょう? 不思議ですね。もちろ
        んルビは適宜必要だと思うけど。ああ、ルビっていうのもすごいですね。あれ
        はだれが発明したの?

         話をもとに戻します。
         話者はある漢字を想定してしゃべっているのかもしれません。でも、その共
        通概念の「とる」しか想定していないかもしれません。はっきりしているのは、
        音だけではそんなことじぇんじぇんわからないということ、それらは同音異義
        語と呼ばれ、使い分けることが必要で、どれを選んで表記するかは100%ライタ
        ーの意思だということです。
         明らかにこう表記したほうがいいという部分のほうが多いと思いますが、ど
        ちらでもいいという表記は、1時間テープ約2万字もあればそれなりにたくさ
        ん出てきます。そこに話者の意思ではない、ライターの意思を注ぎ込んでしま
        うことは避けて通れないのです。そういう作業をやっていることに決して忘れ
        てはいけないと、私は思います。

         もう一つやっかいなことがあります。それは大半の仕事は話者自身はクライ
        アントではないということです。だから私たちは「話者がどういう漢字を想定
        してしゃべったか」よりも「クライアントはどういう表記を望んでいるか」を
        優先させる必要があります。あまり話者の気持ちに添った表記をしようとする
        と、クライアントの指示とのはざまで苦悩することになってしまいます。クラ
        イアントとの力関係が対等なら、どうぞ表記に関して闘ってくださいまし。
         まあ、救いは「表記って何?」というクライアントも多いことですかね。そ
        ういうときは、表記を話者側に持っていくことができるから。それは実は自分
        の解釈にしかすぎないので、要するに好きなように書けるということです。ハ
        イ。

        ◆教訓
         読者もいるということを忘れずに。読めなきゃお話になりません。

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        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第12号 (2003/8/20)===

        ◆睡眠入力、あるいは「もう寝よう」と決心するタイミング
         ふと画面を見たとき、こう入力してあったとき……、

        時化を客語に、こういうところはおほ(帆)座ている例えば愛ラブ阪急と
        (正解:柱脚部にこういうところは覆われているとかね。例えば細かく言うと)

        ◆バスガイドの憂鬱
         何となくバスガイドさんのイメージってありますよね。最近ガイド付きのバ
        スなんて乗っていないし、こういうのをステレオタイプと言うのかもしれない
        けど。でも何というか、直前の言葉とつなげてしゃべっている印象ってありま
        せんか、こんなふうに。

        ぇ右に見えますのはーぁ東京タワーでーぇございますぅ。

        なんか怒られちゃいそうだな。このいわゆる「バスガイドしゃべり」の方のテ
        ープを起こす機会ってほとんどないんですが、この前とうとう遭遇しました。
        それは同時通訳者さん。通訳の方がみんなそうだという話ではなくて、そうい
        う通訳がいたということです。
         同時通訳の場合、通訳の声のみが録音されていて、もとの英語のほうは全く
        聞こえないことが多いです。国際会議などでイヤホンをしている姿をニュース
        で見ることがありますが、あのイヤホンの部分だけ録音しているんですね。
         日本語と語順の違う英語をどうやって同時通訳していくのか、初めて聞いた
        とき「一体もとの英語はどうなっとるんじゃ」とびっくりしたものです。私が
        聞いているかぎりでは、少し待ってばーっと訳すか、どんどん訳して述語をも
        う一度補うというしゃべり方をしているようです。(もとの英語は聞こえてい
        ないのではっきりしませんが。いや、聞いてもわからないか)
         待っている時間や繰り返ししゃべる言葉があるので、同時通訳者は当然講演
        者より早口になります。講演者次第なわけですが、それはそれは早口の通訳者
        というのがいて、だから語尾がつながっていっちゃうんでしょうかねえ。
         もし同時通訳者になりたいと思うなら、語学が堪能なだけではだめだなあと
        思います。外科医に手先の器用さも求められるように、同時通訳者には滑舌の
        よさが求められます。というか、私は求めています。

         さて、「東京タワー」程度なら問題ないんですが、知っている言葉でも、前
        に「ぁ」とか「ぇ」とか「ぃ」とか入ったり、たまたま滑舌が悪くなってしま
        うと、途端に違う言葉になってしまいます。「いべつに」って聞こえて、とり
        あえずそう入力しておく。少し進むとさっきのは「別に」だったということが
        わかる。この繰り返し。この通訳者が担当している間、これが延々と続くんで
        す。(同時通訳は大抵10分から15分程度で交代します) その間早く次の人に
        チェンジしてくれと願いながら起こすのでした。

        ◆違う耳の威力
         外来語や専門用語などの知らない言葉の場合は、最初からきちんと聞き取れ
        ていないはずと思っているので、それなりに検索していきます。「ダクト」な
        のか「アダクト」なのか、はたまた「アダプト」なのか。やっかいなのは何と
        なく日本語っぽいもの。これは最初に聞こえた単語に引きずられるんですよね。
         この同時通訳のときではありませんが、赤原稿を見直ししていたらこんな悲
        しいのが出てきました。

        (聞き取り)ハンテイサ → (正解)不安定さ
        (聞き取り)シュカクテキ → (正解)比較的

        これらは、事務所に納品するとき聞き直しを依頼したものです。だから、赤原
        稿が私のところにあるし、クライアントは聞き取れている原稿を手にしている。
         自分の聞き取りがヘボいということは認めていますが、先入観のある耳で何
        度も聞くより、ほかの耳で聞くほうが効率的なんじゃないかと毎度毎度考えて
        しまいます。最終的なライティングの段階では、文章力や読解力のある人が通
        して書いたほうがいい原稿になると思いますが、聞き取りや校正の分業のメリ
        ットは大きいです。
         速記事務所やテープ起こし会社はある程度分業をして、それで毎回平均的な
        原稿を作成するノウハウを持っていると思います。いつでも必ず90点の原稿を
        作れることはとても重要。でも、能力の高い個人なら110点の原稿が書けるかも
        しれない。逆に、毎回は90点をクリアできない個人も多分いるでしょうが。
         スペシャリストとジェネラリストの善しあしについては永遠のテーマですね
        え。(テープ起こしができるだけでジェネラリストと呼ぶのは変だけど) 決
        まった答えなどないけど、自分なりの折り合いはいつかつけていきたいところ
        です。

        ◆皆様からの反響
         「メルマガの反響ってあるんですか?」と聞かれるようになりました。
         ないわけではないんですが、たかだか400部のメルマガにそんなに読者の反
        響が殺到するわけがありません。いえいえ、発刊時の目標は300部だったので、
        400部という重みは十分感じていますが。
         もともとメルマガという媒体は一方通行です。だれかに相談したり、議論し
        たりしたい場合は、私は掲示板かメーリングリストに書いたほうがいいのです。
        それをしないで言いっ放しのメルマガを選んだのだから、読者の皆様の反響が
        あるとかないとかはそんなに気にならないです。私自身が、「そこはちょっと
        違うんじゃないの」と思っても、わざわざ著者にメールを出したりすることは
        ほとんどないですからね。
         「ねえ、ゆうべの月9観た?」とテレビドラマの感想をしゃべるみたいに、
        どこかの掲示板かメーリングリストで「さくさく堂のメルマガ読んだ? あれ
        ってさー」と話題にしていただけたら、それはとてもうれしいですね、それが
        悪口でも批判でも、著者を交えないで盛り上がっていただいて、それでいいの
        かなと。
         もちろんご質問、ご意見、ご指摘などありましたら、どうぞご連絡ください。
        メルマガ上でお答えできそうなものはご紹介していきたいと思います。例えば
        こんなの……。

        「メルマガは無料ということですが、本当ですか?」

        はい、無料です。

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        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第13号 (2003/8/28)===

        ◆夏が走ってやってきて、おいらも走る
         私の短いテープ起こし人生の中で史上最短納期の依頼がきました。(ちなみ
        に12時間) んで、届いたテープを倍速でダビングしてふと音声を聞いてみる
        と、なんか変。ギクッと思って再生してみたら、やっぱりまだ倍速に聞こえる。
        宅配便の中身をあらためるとメモがあって、

        「3倍モードで録音してあります。念のため」

        念のためって、念のためって、そげなー。
         というわけで、昼ご飯に食べようと思って温めたゆうべのコロッケをまた冷
        蔵庫に戻し、一番近い都会・横浜へGo。ショーウィンドーに写った私は、さっ
        き飲んだ牛乳がちょっとこぼれたTシャツとショートパンツといういでたちで、
        まさに海水浴客。(だって暑かったんだよ)
         3倍速の再生ができるテレコとケーブルを買ってきて、帰ってきてから通常
        速でダビング。(もちろん録音時間かかる) 1日にして最短納期の記録を
        (実質)更新か?

         こんなふうにして、周辺機器が揃っていくんですね。こういうことしてると
        なんかむなしいです。日本中にテープ起こしの個人事務所があり、それぞれで
        再生機器(2/3倍速テープ・マイクロカセット・MD・IC(これは各社方
        式が違う)等レコーダー)を各種揃え、それらをつなげるケーブル、AC電源
        などのアクセサリーを揃え、パソコンのデバイス(FD、CD-R、PCカー
        ド、MO等)を揃え、それらを動かすソフトを揃えています。膨大な分割損じ
        ゃないですか。
         前号のスペシャリストとジェネラリストの話につながるけど、いろんな媒体
        で来たものをテープなり音声ファイルに変換する作業、文字入力した原稿をい
        ろんなワープロソフトを使ってレイアウトを整える作業、それらは多分スペシ
        ャリストがやったほうが効率がいいのです。
         まあ、ついでに2倍速のテレコも買ってきたので、私は営業ページに「2倍
        速、3倍速録音対応可」と付け加えることにしましょ。
         あーあ、早くダビング終わんねえかな。

        ◆単語登録 親指シフトの威力
         仮名入力です。親指シフトです。
         5号で親指シフト導入について書きましたが、マスターするのにえらい時間
        がかかったなと思われた方いませんか?
         トロさには理由があります。単語登録を同時にやってきたからです。速記事
        務所で親指シフトの練習をしているとき、ある一覧表をわたされて、「これを
        登録して、この単語登録方法で入力しなさい」と言われました。「このパソコ
        ンのユーザー辞書は全部消してあるから、自分で登録しなさい」と。自分で一
        つ一つ登録するのに意義があるってことですね。親指シフトの指使いと単語登
        録を覚えることを同時にやったので、指と頭は別々の生き物のごとくなかなか
        言うことを聞いてはくれませんでした。
         その登録内容については次の機会に回すとして、今回は親指シフトだからで
        きる登録方法について話をしたいと思います。

         少しパソコンを使い込んでくると、だれでも単語登録をするようになります。
        まず自分の名前や住所からですね。人名、地名、新語や専門用語などはうまく
        変換されません。そういうものをどんどん登録していきます。
         最初はきっと単語の頭の一文字。「東京都千代田区二番町」が「と」で変換
        されたら気持ちいいですものね。
         たくさん登録するようになると、「あ」や「か」から始まる言葉は多いと気
        付いてきます。せっかく単語登録したのに、「あ」で出てくる候補が20や30に
        なって、候補の中を一生懸命探すようでは便利さは半減してしまいます。
         それを解消するために、私は1文字ではなく、2文字以上で登録するように
        しています。さらに変換候補がたくさん出てこないように、あまり同じ読みが
        ない言葉にしていきます。
         そのために仮名入力、親指シフトが活躍するのです。
         仮名入力だと「ゃゅょっー」などを独立して入力できます。しかも親指シフ
        ト配列はJIS配列よりそれらの字を入力するのが楽です。なんたってシフト
        キーの位置が親指のところにあるわけですから。そういうものを使って、通常
        はない読みを作っていくのです。

          こゅ  →  コンピューター
          ひー  →  非常
          ょゅ  →  恐縮
          にー  →  ニューヨーク
          っぱ  →  ヨーロッパ

        こんな変則的な読みを覚えながら親指シフトの練習をしていたのです。できな
        くて当然ですね。(爆)
         この方法はとにかくそれぞれの読みを覚えるのが大変で、お勧めする気はさ
        らさらありませんが、覚えてしまうと、入力するとき画面を見なくても正しい
        候補を選択できるというすごい効果があります。

         これらは事務所でわたされた一覧表にあった単語もありますし、自分で覚え
        やすいものを考えていったものもありますが、一覧表にメインで書いてあった
        のは実は動詞です。それについてはまた今度。

        ◆残暑見舞い
         今年の夏は気候が不順ですね。こういう気候は、結構体に負担をかけます。
        SOHOは体が資本です。どうぞ体調に十分気を付けてお過ごしくださいませ。

      
        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第14号 (2003/9/16)===

        ◆聞こえない!
         録音状態の悪いテープというのがあります。接触不良などで録音そのものに
        失敗した場合や、回りの音がうるさい場合、マイクに遠くて声が入っていない
        場合など原因はさまざまです。雑音の中から小さな音を拾うときはレコーダー
        のボリュームを大きくしているので、ガーガーガーという大音量の向こうの小
        さい声を必死につなぎ合わせるという時間のかかる、気が滅入る作業を延々や
        り続けることになります。
         そのつらさから、起こし屋が集まるところでは、どのレコーダーがいいとか、
        どのヘッドホンがいいとか、何を使ったら聞こえたという話にいつも花が咲き
        ます。「○○さんは××を使っているから、きっと楽に聞こえているに違いな
        い」なんていう妄想に襲われることもしばしばあります。「××くださーい」
        という起こし屋が電気屋さんに殺到します。(笑)
         大手の速記事務所では何か特別な機械を使っているのではないかという話も
        たまに耳にします。「ケネディ暗殺の録画フィルムに不審人物が写っていた。
        それを最新のデジタル処理で拡大すると……」というたぐいのテレビの見過ぎ
        です。
         私は大手の速記事務所の内情は知りませんが、多分そういう機械はありませ
        ん。速記事務所なんていうものは、大手といえど世間一般の尺度で見れば立派
        な中小企業だと思うし、中小企業が多大な設備投資をしている可能性はあるけ
        ど、まともな速記事務所なら「自分の耳で聞け」という教育をしていると思い
        ますしね。

         多くの起こし屋が使用している起こし専用のテープレコーダーBM-76は、音に
        関しては特にすごいレコーダーではありません。停止時にちょっと巻き戻るこ
        ととフットペダルで再生、停止ができるのが便利だから使っているだけです。
        もし録音が良好なら、いいレコーダーなど必要ありません。
         オーディオ機器の進化は「いかに音楽を再現できるか」という方向に向かっ
        ています。でも、人間の声の帯域は非常に狭く、音楽には必要な低音域も高音
        域も全く必要ないのです。ちょっと電話や昔のAMラジオを思い浮かべてくだ
        さい。かなり平板な音質になっていますが、だれがしゃべっているかは楽にわ
        かりますね。だから、人間の声を聞くテープ起こしに音楽用の高性能なアンプ
        やスピーカー、ヘッドホンが必要かどうかというのは難しいところです。まあ、
        私のヘッドホンは音楽のプロ仕様のものですが、材質、耳への密着性などは絶
        妙で、そういう意味では安いヘッドホンは使いたくないですけどね。

         最近、新たな誤解が増える要因となっているのは音声ファイルです。音声フ
        ァイルって聞くと「デジタル処理して、雑音を消して、音声だけを取り出す…
        …」、ほらほら、ケネディ暗殺者発見のロジックに容易に入り込んでしまうで
        しょ。
         まず、ICレコーダーですが、各社とも長時間録音をうたい文句にしていま
        す。その処理方法は各社違ってファイル形式が違うのがまためんどっちいんで
        すが、長時間録音できるのは、帯域を狭めているか、拾う音の間隔を広くとる
        か、予測処理をしているか、何かそういうことをしているからです。実際のや
        り方は知りませんけど、電話やラジオと発想は同じ。人間の声が区別できる程
        度にできるだけ情報量を少なくする処理をして、録音時間を延ばしているので
        す。実際に聞けばわかりますが、音楽的な意味での音はよくありません。
         それから、ノイズ除去ソフトというのもいろいろありますが、録音時に一緒
        に入った雑音を音声と分割できるわけではありません。音声と同じ帯域に雑音
        が入っていて、それが音声よりもレベルが高ければ、そこの帯域のノイズを除
        去しようとすると、音声のほうから先に除去してしまいます。これは機械的な
        イコライザーでも同じことが言えます。

         じゃ、プロの起こし屋はどうやっているかというと、ただ根性があるだけで
        す。いろいろ否定的なことを書きましたが、ノイズ除去ソフトも使うし、テレ
        コを替えたりイコライザーを通したりさまざまなことをして、これなら何とか
        少しは聞けるという状態を探し、ただ我慢しながら何時間もかけて普通に聞く
        のです。その根性だけが違う。
         根性出して、最終的に全部起こせればそれはそれでいいですけどね、残念な
        がら聞こえないものは聞こえません。前後の文脈で探っていったりもしますが、
        その周辺全部が聞こえないところなんかはお手上げです。ものによっては、半
        分しか起こせないというものもあるかもしれません。通常より時間をかけて、
        それで半分なんてお客様には申しわけないと思いますが、起こし屋の仕事は根
        性を出すことでも、聞こえない音を拾うことでもありません。聞こえる音を文
        章にすることです。

         ですからお客様、どうぞ録音状態のいいテープをくださいませ。

       
        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第15号 (2003/9/24)===

        ◆議会で使われる要注意な言葉たち(2)

        ハイスイカン

         我々市民は蛇口から出てくるところから水との付き合いが始まります。水を
        使った後、その水が流れていくところが「排水管」。ヌルヌルしたり、悪臭が
        気になったり、詰まってしまうと直すのに結構お金のかかるところです。
         その水はどこからくるんでしょう? 蛇口からきれいな水が出てくるために
        水を供給する仕事をしているのは、地方自治体の水道事業です。水道事業で各
        家庭にきれいな水を流している管は「配水管」です。
         自治体は下水道事業もやっていますから、「ハイスイカン」が出てきたとき、
        それがきれいな水の話なのか、使用済みの水の話なのかを文脈から聞き分けて
        ください。

        タイリョク

         最近は少し落ち着きましたが、阪神・淡路大震災の後、平成13、14年度辺り
        というのは、小中学校などの建物の耐震診断を一斉にやった自治体が多かった
        です。耐震診断と言ってくれりゃいいのにねえ、「タイリョクドチョウサ」と
        言うんですよ。「体力度調査」ではありません。「耐力度調査」です。「建物
        の体力」……、確かに建物は反復横跳びや踏み台昇降運動はしませんが、何と
        なく意味が通じてしまうので、知らないと書けない言葉です。

        コッケン

         わかっちゃうと、「なぜわからなかった」とあまりにもばかばかしい気持ち
        になります。ただの「国県」です。「国・県」「国、県」の表記もあり。

        イジョウ

         どこの会社でもその役職により動かせるお金、権限というものは決まってい
        ます。課長が独断で「あの土地、今売り時だから売っておきました。僕、不動
        産には強いんです」なんてことしたら大騒ぎですからね。
         権限委譲とは、例えば部長の接待費は10万円までという権限を課長が使える
        ようになること。車のディーラーで営業マンが奥に引っ込んだ後、「あと10万
        お引きできます」と言うのは、支店長の値引き権限を使わせてもらったという
        ことです。奥に引っ込まないで、営業マンが即決できるようになっているのが
        権限委譲。
         つまり、普通は同じ会社の上の人が持っている権限を下の人におろすことを
        言います。同じ業界だからといって、ライバル会社に権限を委譲するなんてあ
        り得ないし、親会社と100%子会社の関係でも、別会社なんですから権限委譲
        ではなくて契約で取り決めるんじゃないのかな。
         そういう普通の社会ではやらないことをやっているのが国と地方自治体。国
        が持っている権限を県に任せる、県が持っている権限を市に任せる、そのとき
        権限は「移譲」と表記します。
         他人に物を譲り渡す場合は「移譲」ですが、上下関係がない別組織の人に権
        利やそれに伴う責任を譲り渡すなんてことは普通ないでしょ。でも、驚いたこ
        とに国・県・市というのは立場として対等らしいんですね。上から下におろす
        んじゃなくて、右から左、あっちからこっちということで、わざわざ「権限移
        譲」って書くんですよ。条例より法律のほうが拘束力が強いのに、なんで対等
        なんだよ?
         ちなみに、市長権限を部長におろすなら「委譲」です。ふーん、ここには上
        下関係があるんだ。
         地方分権型社会と盛んに言われていて、国や都道府県の権限がどんどん基礎
        自治体に移譲されてきています。問題はそれに見合う財源も一緒におりてきて
        いるかというところで、その辺がいろいろ議会で話題になります。

        ◆知らない話と知っている話
         地元からの依頼をいただきました。ごあいさつに伺い、テープも手渡し、打
        ち合わせもできました。メールと電話だけのお付き合いが多いなか、地元のお
        客様はうれしいです。あちらも選んだ理由は「近いから」でした。
         私は会社員生活が長かったので、オフィスに行ってあいさつしたり、打ち合
        わせしたりするのは全く苦になりません。自宅で仕事をしているからといって、
        別に引きこもりではないし、仕事の受発注をする上で、実際に会うことは最重
        点ポイントかもしれません。実際にはメールと電話だけが多いんですけど。

         テープ起こしの楽しさに「知らない世界の話が聞ける」というのがあります
        が、そうそう手ごろなテープには出会えません。専門的な話でも聞いている人
        が素人、例えば市民大学講座や一般向けの講演会、パネルディスカッションな
        ら、話題も吟味してあるし、コンパクトにまとまっていて、楽しく仕事ができ
        ます。
         大変なのは専門家同士の会議。彼らにとって日常的な専門用語は略語でしゃ
        べったり、早口でゴニョゴニョと言ってしまったりするし、内容も専門家にと
        って話し合わねばならないことなんですから、素人にわかるわけがない。
         「単語が全部わからない」と泣けてきた文章の例です。

        サンモウマク中に分散した分子ですけれども、ケヤクのジコソシコタンブシマ
        ク、ジチヨウとチュウヨウでつくっているんですけれども
        (正解:SAM膜中に分散した分子、これですけれども、我々も希薄の自己組
        織化単分子膜をジチオールとチオールでつくっているんですけれども)

        最近インターネットには学術分野のサイトも多く、最終的には結構単語の特定
        までたどり着けます。だからといって、テープの内容がわかるかというと、ほ
        とんどわかりません。ごめんなさい。
         その学術サイトをじっくり読めば多少のことはわかるんでしょうが、そうい
        う時間はないことが多いです。起こすのに5時間かかって、検索には6時間か
        かるということもあります。内容を理解するために立ちどまっている時間はほ
        とんどありません。せっかく知らない世界の話を聞くことができたのに、それ
        以上かかわる時間もなく次の仕事に入らねばならず、そこでまた知らない世界
        の単語と格闘することになるのです。

         さて、地元の仕事ですが、これが私の日常かかわっている分野の話で、話者
        も知り合いの知り合いぐらいの人でしたし、「地域事情や発言の背景がわかる
        話ってたっのしい~」と小躍りしました。あんなにうれしかったということは、
        普段ほんとに「わっけわかんない」という仕事のストレスを感じてるのね。

   

        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第16号 (2003/10/15)===

        ◆あなたのために起こします
         地方自治体の議事録を始めたころ、気に入らないことがありました。クライ
        アント(自治体)によって若干違いますが、議事録は「あー」「えーと」など
        の最低限の無機能語を除いて全部起こすのが普通です。これが読みにくいんで
        す。ある意味、文章になっていません。議事録は何で聞こえたとおりに起こす
        かはわかっているつもりでしたが、でもその制約の中で可能な限り読みやすく
        するのが起こし屋の仕事じゃないかと思っていました。今回は、その意識が変
        わったときの話です。

         市町村で扱う話題ってものすごく身近です。「あの歩道橋は危険」とか「駅
        前駐輪場を24時間営業に」とかなんですよ。
         政治なんか興味ないという人でも、自宅の隣にごみ処理場建設の話が出たら
        大騒ぎしますね。それが公民館だったらオーケーでしょうか? 背の高い建物
        だったら、日照権の問題が出るかもしれないですね。運動公園だったら平気で
        しょうか? 野球場のナイター照明の問題が出るかもしれないですね。そんな
        ふうに政治に関係ない人生を送ってきた人が、突然市民運動に参加せざるを得
        なくなってしまうことはよくあります。
         でね、そういう人たちはちゃんと議事録を読んでいらっしゃるんですよ。そ
        ういうことを知る機会があったんです。ホント申し訳ありませんが、市民が議
        事録を読んでいるなんて、それまで想像もしていませんでした。それは私にと
        っては、とても大きな出来事だったんです。
         通常の仕事ではクライアントまでは見えますが、読者はあまり見えません。
        雑誌の記事などはさらに加工されてから読者のところにいきますので、読者の
        ことなんか意識できない。してはいけないと言ったほうがいいかもしれない。
        でも、議事録では読者が見えたんです。それから私は「これを読んでくれる市
        民のために仕事をしよう。市民に包み隠さず、過不足なく、議会での出来事を
        すべて伝えよう」と思うようになりました。
         ということで、ほぼ聞こえたままの文章作成への不遜な気持ちがなくなりま
        した。聞こえたままだと、中にはこーんなのもあります。

        こういうものが事と次第によっては切り捨てられる傾向にあるおそれがあると
        いうことが非常に懸念されます。

        議事録じゃなかったら、こんな文章ばっさり切り落としたい。切り落としたい
        よぉ。「事と次第によっては」の用法も変だし。
         だけど、内容も話術も両方素材として読者にそのまま提供したい。できれば、
        口調や間合いまで文字で表現できたらいいけど、そこまではできないのよねえ。
        それは議事録を文字で残す限界でしょうか。

         議会のような場所で、ある意味で話し慣れた人たちの話し方はちょっと独特
        で、変な調子がついていたりします。それを聞いたまま起こすときの入力方法
        の話を次にしようと思います。
         てなわけで、今回は次回のための長ーい前振りでした。

        ◆近況でっす
         夏の終わりから体調を崩していました。今も若干悪いです。メルマガも間が
        開いてしまいました。治らなかったら廃業だなあとやや現実的に考えていまし
        た。
         体調を崩した遠因は仕事の仕方ですね。仕事が混んでくると「数時間入力、
        30分仮眠」というサイクルに入ってしまうし、土日もありません。そういう生
        活を続けると、どこかが悲鳴をあげるわけですね。
         5号で書いた親指シフトの話は「よくわからないけど、ちょっと興味ある」
        という人に対して、「やっぱやめる」と思わせるような話だったかもしれませ
        ん。今回の体調のことも、リアルに書いたら「やっぱSOHOやめる」という
        人が続出するかなあ。(笑) のどもと過ぎたら、そのうちお話しできるでし
        ょう。
         メルマガはまだまだ書きたいことがあるので続ける予定ですが、本業が順調
        じゃないのにエラソーに書くのも恥ずかしいので、少し抑え気味に(ホントか
        いな?)いく予定です。

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        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第17号 (2003/10/23)===

        ◆ 単語登録法
         前号の続きです。
         一口にテープ起こしといっても、ライターが記事の完成形をイメージしなが
        ら起こすのはまるで違う聞き方をするし、講演会や会議録を文章として読める
        程度まで整える起こしを専門にしている方の聞き方もまた違います。そういう
        聞き方だと意味を重視して聞いているので、言葉そのものを厳密に聞いていな
        い。(とは言っても、すごく細かく聞いているんですけどね)
         また、「聞こえたまま」という条件があっても、会議録とインタビューでは
        ちょっと違う。会議録は「言ったか言わないか」ということが重要であって、
        どんな口調で言ったかはあまり重視しないけれど、インタビューなら「えーと、
        でもぉ……、やっばりね」という言いよどみのニュアンスが必要になってくる
        場合があります。起こし屋は自分が多くやっているタイプの起こしの聞き方が
        自然と身に付いてしまいます。だから、慣れていないタイプの起こしがくると
        時間がかかる。
         今回は「聞こえたまま起こす」というタイプの起こし方の入力の話です。

         議会の議場で話す人たちの多くはしゃべりに独特なリズムがあります。例え
        ば以下のような言葉。

          というような/というふうな/そういう/そういう意味で/いわゆる

        また、丁寧な言葉遣いをしますので、語尾はかなり限定されます。

          ございます/いただきます/お願いいたします/おります

        これらの言葉の多くは書き言葉では省略されていくものです。「というふうな」
        が続くと読みにくいし、「そういう意味で」や「いわゆる」につながる内容は
        なかったりするからです。でも、話し言葉ではとても重要な、潤滑油のような
        言葉なんです。テープ起こしをする者だけがこういう言葉を頻繁に入力する機
        会があるのです。
        (余談ですが、もしあなたが人前でしゃべるのが苦手なら、何か意味のない言
        葉、「そういう」とか「いわゆる」「ある意味で」などを適当に挿入してしゃ
        べってみてください。途端に話しやすくなりますよ)

         以前、速記事務所で単語登録法を教えてもらったという話をしました。そこ
        に例として載っていたのは上のような言葉、動詞や副詞、連体詞、接続詞とい
        う言葉だったのです。単語登録といえば普通は名詞ですが、それよりもっとた
        くさん出てくる言葉を、しかも話し言葉仕様で登録するところがミソです。
         この手法は、速記業界でワープロを導入する際に編み出された、速記手法を
        採り入れた登録法だと思います。最初のころはワープロそのものが未成熟で、
        大量の単語登録、大量の文書入力をしていく速記者側の要請に追い付けるよう
        にワープロが進化したという側面があったと聞いています。単語登録数は1000、
        2000、入力文字数も7万、8万字という単位の入力は、初期のワープロでは想
        定されていなかったからです。どれぐらいの人がどういうかたちで完成させて
        いったかにはとても興味があるけれど、細かい歴史はよく知りません。(だれ
        か教えてください)

         では、具体的な登録方法について紹介します。これは速記事務所でいただい
        た方法そのものではありません。その後自分が使いやすいように改良(改悪か
        も)したものです。まず、上で並べた言葉は以下のようになります。

        とな  →  というような
        とな  →  というふうな
        そい  →  そういう
        そいで  →  そういう意味で
        いゆ  →  いわゆる

        ごす  →  ございます
        だます  →  いただきます
        おねいす  →  お願いいたします
        おす  →  おります

        ほかのものも幾つか並べてみましょう。

        れ  →  例えば
        しま  →  したがいまして
        け  →  けれども
        しら  →  しかしながら
        よに  →  要するに
        すち  →  すなわち

        単語というより、フレーズ単位で登録していきます。

        とこ  →  ということ
        なうす  →  なるわけです
        いずまも  →  いずれにいたしましても
        ごしり  →  ご承知のとおり
        よろか  →  よろしいですか

        動詞については、「思う」という言葉で説明します。
        「思う」の活用する部分を「ぉ」にします。そしてこれを「活用部分+語尾」
        というかたちで登録していく。(これは文法的な動詞の語幹、語尾とは違うの
        で、登録する際の品詞名は動詞にせず、名詞にしたほうがうまく変換できます)

        ぉう  →  思う
        ぉて  →  思って
        ぉす  →  思います
        ぉら  →  思いながら
        ぉまて  →  思いまして
        ぉうす  →  思うんです

        いかがでしたでしょうか。この単語登録法を説明するのはかなり難しく、17号
        目にしてやっと書けました。もっと丁寧に書きたいような気もしますし、ぐだ
        ぐだ言わずに登録の一覧を見ていただけば一目瞭然かなという気もします。ご
        質問等がありましたら、また追加で書いていきたいと思います。

        ◆げんキッス
         前号で体調不良のことを書いたら、多方面からお見舞いのメールをいただき
        ました。それだけで随分元気になりました。ほんとにほんとにありがとうござ
        います。一番ひどい時期は脱したようです。自己管理もSOHOの条件ですか
        ら、今後の課題にしていきます。

      
        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第18号 (2003/11/5)===

        ◆ 印刷屋開業
         10月はなぜか印刷屋さんをしていました。ちょっと面白い話なので、テープ
        起こしから話題が外れちゃうんですが書いてみたいと思います。
         駅前に子供の服のお店があります。ちょっとエンジェルブルーっぽい感じ。
        そこのオーナーと「自宅でパソコンの仕事をしているんですよ」と話したこと
        があるんです。「パソコン全然分からないんですけど、このシールとか作って
        もらってるんですよねー」「じゃ、お役に立てることはないかもしれませんが、
        何かあったら声を掛けてくださいね」と名刺を置いてきたのが半年前。
         その店から連絡があったんです。買い物をすると押してもらえるスタンプカ
        ード、これを作ってくれないかと。もともとお願いしている人はいたんですが、
        ちょっと値段が高いと。それだけなら我慢もできるが、希望したレイアウトが
        作れないと言われたとのこと。「デザイン系は本職ではないので」と念を押し
        つつ、事情を聞きに行ってみました。

         高いというのは確かに微妙でした。紙代、インク代を別に請求し、A4の両
        面印刷10枚(レイアウトは別で本当にただの印刷そのもの)で作業時間2時間
        の時給換算の請求でした。オーナーいわく「あのー、本当に素人なのでわから
        ないんですけど、これだけ印刷するのに2時間もかかって、インクを4色全部
        使い切るものなんでしょうか?」と。
         この時給というところがねえ、スキルがないほど時間がかかるわけだから、
        能力がないほうが料金が高いということになるし、ただ印刷ボタンをポチッと
        押す操作を、一体いくらの時給で請求したらいいものだろうか。まあ、価格設
        定するときやこの仕事やるべきかやらざるべきかという判断のために、時給換
        算で見当を付けること自体はいいことなんですが、そのまま請求書に書くには
        クライアントとの合意が必要かもしれません。

        ◆ 印刷屋の価格設定
         その仕事、さすがに自信がなかったので持ち帰りにしたんですが、技術的に
        は問題なくできました。自分の名刺やPTAのポスター程度しか経験がないの
        で、レイアウトには時間がかかりましたけど。たはは
         「じゃ、やられていただきます」ということで見積もりを作ることになりま
        した。デザインは素人、プリンターは家庭用のインクジェット、それで一体い
        くらの単価にしたものかどうか。

         《同業者との相対的な関係》
         世の中の相場を知ることがスタートです。印刷屋さんのオフセット印刷より
        高い値段にするわけにはいかないだろうというのが基準でした。ソフトもただ
        のワードだし、デザインも素人ときてる。
         《自分の力量に対する対価》
         この仕事内容ならこの報酬が妥当という線を見極めること。チェック項目は
        「作業時間」「難易度」「完成度」「コスト(材料費、設備投資額など)」。

         今回は、まあ、そこそこ納得のいく、向こうにはお友達価格、こちらもちゃ
        んと商売として成立する価格設定ができたと思います。そういう商売の感覚が
        付いてきたということでしょうね。

        ◆ テープ起こしの価格設定
         テープ起こしの価格設定というのは難しいです。元のテープは毎回品質が違
        い、それによって完成度は変わってきますから、単純に2つの原稿を比べられ
        ない。それに、そもそも正解の原稿なんてないので、優劣自体がつけにくい。
        ただし、不正解はあると思うんです。だれが見てもまずいという原稿、それは
        ある。
         経験時間というのも1つの目安になります。多分初心者でいい原稿を作れる
        人は非常に少ないです。でも、たくさんこなした人ほどいい原稿を作るとは限
        らないんですよね。そこが奥深いところ。明らかな不正解の部分をチェックし、
        同じ不正解をしないよう努力をしていないなら、たとえ経験時間が多くても、
        穴だらけのバケツを補修しないようなものです。
         私が個人で営業をするようになったのは(つまり価格設定ができるようにな
        ったのは)、この不正解の判断がある程度できるようになって、この品質なら
        自分の原稿を売れるだろうというレベルまできたからです。ずっと原稿チェッ
        クを受けてきたおかげですね。「独立したいけど、価格設定がわからない」と
        いう人は、そもそも自分の原稿の値打ちが判断できていないのではないですか。

        ◆ ご町内の便利屋さん
         印刷屋さんやレイアウトを本業にする気はありません。すごくもうかる仕事
        でもないし、営業するほど立派な設備でもないし、何より私は文章にかかわる
        仕事をしたいと思います。
         ただ、個人の小さいお店とかでパソコンに縁のない人はまだまだいるんです
        よね。パソコンに限った話ではないですが、自分のわかること、自分のできる
        ことでだれかのバックアップができるなら、それは出し惜しみしたくない。せ
        っかく自宅で仕事をしていて、時間を自由に調整できる身ですしね。give and
        takeという言葉も、giveが先でしょ。要するに、私はちょっとおせっかいなん
        です。
         それにね、お互いに顔の見える仕事は楽しいんです。目指すは地域密着型S
        OHOです。なんじゃ、それ。
         あ、そうそう、もうtakeはありましたよ。お洋服を値引きしてもらえました
        し、お隣の婦人服のお店から名刺のご注文がありましたから。

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        ===さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第19号 (2003/11/21)===

         何はともあれ、一言言わせてください。
        「えーと、そこにはマイクがあるので、鼻かむときはあっち向いてください」

         皆様、こんにちは。今日はばかばかしい間違いを1つ……。

        聞き取り      正解
        宇野の坊さん → 宇野信夫さん

        (宇野信夫さんは高名な劇作家で、合掌したくなる方もいらっしゃるかもしれ
        ませんが……)

        ◆ だれでもできる仕事
         最近は見ませんが、テープ起こしの通信教育の広告で、希望者をその気にさ
        せるフレーズが幾つかありました。今、その手の広告は手元にないので、実際
        の文言とは違いますが、例えばこんなのです。

        中学卒業レベルの国語力でできる
        1日2~3時間の空いた時間にできる

        つまり、「だれにでもできる簡単な仕事」ということになります。今日はこれ
        について考えてみたいと思います。

        [中学卒業レベルの国語力でできる]
         日本語の文法と漢字については、中学までで大体学び終えているはず。だか
        ら、これは正しいです。中学は大抵の人が卒業できますので、「卒業した人」
        じゃなくて、「卒業レベルの国語力」ということですが。
         では、15歳と30歳を比べて、どちらが語彙数が多いかということを考えると、
        30歳のほうが多いでしょう。個人差は大きいので、あくまで平均値の話ですが。
        新聞の表記は常用漢字が基本になっていますので、中学卒業レベルで読めるは
        ずです。けど、読めない。やっぱり一般常識がまだ足りない。結果、15歳の人
        がテープ起こしをすると、その語彙数の少なさから聞き取れない言葉が多くな
        り、検索の時間が膨大になります。
         特定の分野についてはこの限りではありません。ジャニーズの熱狂的なファ
        ンに彼らのトーク番組の起こしをさせたら、きっと素晴らしい原稿を作ると思
        います。

        [1日2~3時間の空いた時間にできる]
         できます、もちろん。ただし、納期の長い仕事は少ない。そういう仕事だけ
        を探すのは難しいです。
         ここに2時間のテープがあったとします。Aさんは1時間できる、Bさんは
        2時間できるとしましょう。そうすると、Aさんに1時間、Bさんに1時間と
        いう仕事の出し方はあまりありません。Aさんがもらえず、Bさんだけが2時
        間もらえます。テープを複数人に分けてしまうと、どうしても仕上がり具合が
        原稿の途中で変わってしまいます。発注や支払いなどの手間も二度手間になり
        ます。二人に明確な実力差があって、1時間でも30分でもいいからAさんにや
        ってもらいたいという場合は別ですが。
         だから、1日の作業時間が2~3時間の人にくる仕事はほとんどないのです。
        いい原稿を作れるようになって、短時間で仕上げられる人がいつも忙しそうに
        しているのはそのためです。2~3時間という極端な例でなくても、1日30分
        起こせる人と1時間起こせる人の受注量は単純に2倍にはならなくて、もっと
        大きな開きが出てしまいます。

         ただし、15歳の人や1日2~3時間の作業時間の人に十分な時間を与えたら、
        その人がとてもいい原稿を仕上げる可能性はあります。そういう意味では、私
        は「テープ起こしはだれにでもできる簡単な仕事」だと思っています。これは
        ただ、年齢や資格や学歴や仕事の仕方には関係ないと言っているだけです。
         では、十分な時間があり、テープの音声は明瞭で、内容が専門的でなければ、
        みんないい原稿を作るでしょうか。いいえ、作れない人はたくさんいます。通
        信教育や実践の場で学んで作れるようになる人もいますし、いつまでたっても
        作れない人もいます。
         余談ですが、「いい原稿」といっても正解原稿があるわけではありません。
        時間が十分にあって、表記の間違い等がなくなった状態でも残る原稿の違いが、
        起こし屋の個性です。そういうことについて、起こしの仲間と語り合うことが
        できたら楽しそうですね。

         閑話休題。
         こういう前提で言いますが、それでもプロにはスピードが求められます。限
        られた時間で、毎回違う内容・品質のテープに対して、必ずある一定の水準を
        保ち続けるためには技術が必要です。だから、実際のところ語彙数の少ない人
        にはできないし、短時間しか作業できない人にもできないし、タッチタイピン
        グができない人にもできません。
         この手の広告は、確かに誤解を生むような表現だとは思うし、あおっている
        と思いますが、うそを書いているとまでは思いません。宣伝文句を判断できる
        目も必要です。(例えば「簡単で楽な仕事と言いつつ、報酬が高いのはおかし
        い」とか) ただ、よく「テープ1本で○万円」と書いてあるものがあるんで
        すが、それに対しては「何時間テープか書いてないなー」と思います。大事な
        情報が漏れていますね。その情報の漏れは素人にわからないので、広告として
        は問題があると思います。

  
        === さくさく堂のテープ起こし業務日誌  第20号 (2003/12/1)===

        ◆ イコライザー
         少し録音レベルの低いテープがきまして、「ううう、微妙に聞こえない」と
        思いつつ起こしているとき、ふと思い立ってイコライザーを通して聞いてみた
        ら、うまい具合に音声が浮かび上がってきてくれました。たまにはこういうの
        もないとねえ。
         ただ単純に声が小さいなら、イコライザーが有効なときがあります。ボリュ
        ームを上げると、テープの走行音のシャーという音が大きくなってしまうので、
        音声の帯域以外をイコライザーでカットします。ボリュームを上げても、シャ
        ー音が大きくなりません。
         ちなみに、うちのイコライザーは1988年のAKAI製で、ジャンク屋(えー
        と、リサイクルショップです)で2000円なり。あのころミニコンポと言われた
        カセットとレコードとCDのプレーヤーは、それ以前のステレオ=家具という
        イメージを一新するものでしたが、今見ると十分どでかいものでした。LPレ
        コードに合わせたサイズでしたからね。
         「コンポ」になったため、グラフィックイコライザー(グライコ)を増設で
        きるものがたくさん出て、単体のイコライザーも多く登場しました。これが今、
        結構ジャンク屋に転がっています。多くは単体では機能しなくて、プレーヤー
        に接続する仕様になっているので、ヘッドホン用の出力端子が付いていません。
        そういうのにはアンプもつなげる必要があります。つまり、

        トランスクライバー - イコライザー - アンプ - ヘッドホン

        という構成になります。

         我が家には、これとは別に当時のミニコンポも残っています。ダブルカセッ
        トデッキで倍速ダビングができるので捨てられないんです。アンプはダーリン
        が中学のころから持っていたものだし、我が家自体がジャンク屋に近いかも。

         新品にしろジャンクにしろ、もしイコライザーを購入するなら、アンプ機能
        が付いているか(ヘッドホン端子があるか)とグラフィックイコライザーであ
        ることを確認してください。フォノイコライザーという別な商品もありますの
        で、注意してください。

        ◆ 年末の恒例行事
         一緒にジャンク屋を回ってくれるダーリンはメカには強いほうで頼りにして
        います。そのダーリンとは勤め人時代は同系列の会社でした。だから、ダーリ
        ンの会社の内情には詳しいです。
         この時期、サラリーマンには年末調整の書類がきます。それから、共済組合
        関係の各種保険や福利厚生などのもろもろの書類、これを「こんなのきたよ」
        と毎回私に渡すんですよね。
         そりゃわかるよ。給与明細の見方も有給休暇の繰り越しの仕組みも人事のシ
        ステムも職能のランキングもみーんな知ってるよ。だからって、年末調整の書
        類を奥さんに書かせるやつがどこにいる! 「普通みんな奥さんに書いてもら
        ってるよ」だと。おい、こら。いねえよ、そんなやつ。
         確かに、年末調整の書き方の手引きには、「妻がパートの場合」という例し
        か載っていなくて、「妻が自営業の場合」という例がないんですね。いないも
        んねえ、そんな人。経理部に問い合わせすると人によって回答が違ったりする
        し、転職した年は半分給与所得が入っていたりで、毎年「これでいいんだろか」
        って頭を抱える作業です。

         「103万の壁」とか「社会保険は扶養の範囲で」とか、そんなちんけなことを
        考えたことはないです。確かに社会保険料を払ったほうが損をする逆転現象の
        ゾーンというものはありますが、そこで幾ら損をするか考えると大したことな
        いんですね。要は200万、300万、400万稼げばいいんでしょ。壁というよりは段
        差程度だと思います。大きく立ちはだかる壁って、だれかに洗脳されてるんじ
        ゃないの?と思う。当たり前のように103万、103万ってさあ、もっと懐疑的に
        なったほうがいいよ、みんな。
         でも、ここから脱出するにはもう少し時間がかかりそうです。ことしは秋に
        仕事量をセーブしてしまったせいもあって、収入は去年並になりそうです。そ
        れでも去年並になるってことは、時給換算ではアップしているということかな。
         せっかくフリーランスなので仕事以外の時間もきちんとマネジメントしたい
        し、業務拡大や受注拡大に関しては焦っていません。がっつくと原稿の質が落
        ちるし。
         サラリーマンの年末調整のイベントが終わると、自営業には確定申告の季節
        がやってきます。ことしは帳簿をまだ全く書いていません。ははは。仕入れが
        ない商売なので、そういうことが許される。確定申告のことは、またその時期
        になったらちょっと書くと思います。

    

 

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